プロジェクト概要

語り部をする中で出会った、東北に関する活動を行っている人を取材し発信したい!

 

はじめまして。宮城県南三陸町出身の田畑祐梨です。高校時代に「まずもって かだっからきいてけさいん」を立ち上げ、若い世代への語り部と外国の方へ向けた英語での語り部を行い、1年間で約1万人の方々に震災の体験を伝えてきました。語り部をきっかけに、東北に関する活動を行う素敵な人たちにたくさん会いました。進学で南三陸を離れるにあたり、その素敵な人たちと国内外の「東北に行こうとする人たち」を繋げたいと考えるようになりました。

 

東北関連の活動をしている人たちを取材し、HP・SNSで発信するための交通費や交流会にかかる費用が必要です。共感された方は応援よろしくお願いいたします。

 

(南三陸町での語り部の様子)

 

 

あの日、生まれ育った南三陸町の街並みは消えました

 

中学校卒業式の前日に被災し、自宅が流失、今も家族は仮設住宅に住んでいます。私は、小さいころから地元が嫌いでした。田舎の109といえるイオンもないし、遊ぶところもないし、電車も一時間に数本で、「はやく都会にでたい」と思っていました。

 

東日本大震災により壊滅的な被害を受け、生まれ育った街並みは消えました。いくら嫌いといっても生まれ育った町です。つらい悲しい思いでいっぱいでした。「大丈夫。新しい町になるんだよ」その時、誰かが言った言葉を純粋に信じていました。

 

(南三陸町での語り部の様子)

 

 

「私自身は復興のために何かしただろうか」

大人に甘えていた自分に気づきました

 

それから二年たった、高校2年生の冬に私はTOMODACHIが提供しているプログラムを目にしました。岩手・宮城・福島の高校生120人がアメリカにホームステイできるというものでした。避難所で世界中からの支援を見た私は、感謝を伝えに行きたい!とプログラムに応募しました。

 

選考で与えられた作文の題は「アメリカに行って何をし、帰ってきてから何をするか」ここで私は、“帰ってきたら何をするか”を考えました。「復興!復興!」と騒がれ、大人に任せていれば、復興すると考えていた私はこの時初めて自分の故郷について考えました。

 

(TOMODACHIプログラムで出会ったホストマザーと)

 

その時私の目の前にあったのは、がれきが撤去され更地が広がっているだけの町でした。「大人たちは何をやってきたのだろう」単純にそう思いました。毎日のように大人に対して憤りが増すなか、「じゃあ、自分は何かしたのだろうか?」という問いが浮かび上がりました。

 

私は何もしていませんでした。大人に甘えていただけでした。“なにかしなくちゃ”と思い、自分だからできることを探しました。そして、おしゃべり好きな私は、大好きなおしゃべりを通して震災の体験を伝えようと考え、語り部を始めました。

 

(語り部の様子)

 

 

傷つく人がいない魔法の言葉「ありがとう」と「大好き」

それは、一番身近で手軽にできる防災です

 

高校生団体「まずもって かだっからきいてけさいん」を立ち上げ、若い世代への語り部と外国の方へ向けた英語での語り部をはじめました。町の方々や多くの方々に支えられ、一年間で約一万人の方々に震災の体験を伝えることができました。

 

私は語り部を通して、「ありがとう」と「だいすき」を伝えることの大切さを伝えています。私自身があの日、大切な人に伝えられなかった後悔とほかの人に同じ思いをしてほしくないということから、聞いて傷つく人のいない魔法の言葉である「ありがとう」と「だいすき」を伝えてほしいと話しています。それが、一番身近で手軽にできる防災だと思っています。

 

(語り部の様子)

 

 

嫌いだった街も、大人も、今では大好きになりました

 

わたしの話を聞いた人の中で、「実際に親にありがとうって伝えました」というメッセージをくれた人や「また南三陸に、ゆうりちゃんに会いに来たいと思います」というメッセージをくれた人がいました。普段、語り部の後どのように感じたかを聞く時間がないので、その言葉ひとつひとつが印象に残っています。

 

私は、語り部活動を通して、たくさんのことに気づくことができました。
南三陸町が嫌いだった私が、毎日恋しく思うほど大好きになりました。
大人が嫌いだった私は、今も南三陸町で頑張っている素敵な大人たちが大好きになりました。

 

(出会った素敵な方と)

 

 

故郷を離れる自分でもできること。

それは「会いにいくきっかけ」をつくることでした。

 

こんなに大好きなのに、私は進学で南三陸町を出ることになりました。遠くにいてもできることをしたい。故郷をもっともっと元気にしたい。と考えるようになりました。

 

そんなとき、あることを思い出しました。「Face to Face. Heart to Heart.」にこだわっていたことです。私の震災の体験は原稿におこして、読んだことがありません。人の気持ちは変わるものだし、文字から私の声は聞こえてこないと思ったからです。

 

顔と顔を合わせたら、友達になれる。友達になったら、また会うことができる。そう思っていました。実際に多くの人が南三陸町に足を運んでくれました。

 

(南三陸町で行った語り部報告会の様子。

語り部を通じて出会った多くの人たちが会いに来てくれました)

 

「会いに行くこと」おいしい食べ物に、友達に、恋人に、家族に。いつもみんながしていることだと思います。

 

一年間で出会った地元を愛し、もっと元気にしようと活動するキラキラな学生たちの顔が頭に浮かびました。東北にはたくさんの学生団体があります。素敵な活動をしている人たちがいます。その人たちをもっと多くの人に知ってもらいたいと強く思いました。

 

(取材した石巻の女の子)


ここで私のやりたいことが見つかりました。「会いに行くきっかけをつくろう!」その思いから、東北の学生たちと自分の地元から離れて、県外の大学に行くひとたちをメンバーにAction is a message projectという団体を立ち上げました。

 

そこで、東北や日本全国で東北にフォーカスした活動をしている人たちを取材し、HP・SNSで発信する活動を行っています。東北のメンバーが学生たちを取材し、その原稿を遠くにいる私たちが英訳したり、関東などで活動する学生たちの取材をしたりしています。

 

(大船渡で活動を行っている男子高校生の取材を行いました)

 

震災から4年目に入り、「行きたかったけど、いまさら・・・」という人もいます。そんな人たちに、東北に行くきっかけにしてほしいです。東北には、おいしい食べ物や素晴らしい自然、そして素敵な人たちがいます。東北で活動している学生たちを知り、その学生たちのイベントに行ったり、一緒にWSを行ったり、若い世代が考える故郷を聞くこともできます。

 

東北外で活動している人たちの中には、「震災時の食事はどうだったのか知りたい」という人や「今、なにをすればいいか」という思いを持っている人たちがいると思います。

 

その人たちと東北の学生たちをつなげることで、お互いに知りたいことを聞くことができ、活動にも反映することができます。交流会では、自分たちの活動を紹介・体験してもらうことで、つながりを作ることができます。何か新しいアクションもおこるかもしれません。どうか応援よろしくお願いします。

 

(語り部の様子)

 

 

引換券について

 

・メンバーから手書きのサンクスレター
・ホームページでの名前・写真の掲載(任意)
・交流会での観覧券
・活動報告書
・岩手県宮古市の学生達と地元企業のコラボ商品・すがたのまごいかせんべい
・あなたの町に語り部をしに行きます
・福島の高校生×地元企業 共同開発 伊達の恵
・石巻の高校生と地元企業のコラボ商品・さんまキーマと鯛だしスープのダブルカレー


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