100人の肖像と百年後の日本

 

アイヌを撮り続けてきた宇井眞紀子の仕事は、百年後、二百年後に真実正当な評価を受ける。写真はまだ歴史の浅い近代の表現手段。「在るがままの姿」を時を超えて運ぶ可能性の証明は、わたしが消えた未来にあるのだ。

 

いま、ネイティブアメリカンの写真を撮り続けたエドワード・カーティスの作品が高い評価を得ているが、作品が内包する質が時間と共に変容していく写真は、絵画とは異なる醸造の芸術だ。カーティスは写真に自身のロマンティズムを加えたことで作品には賛否両論がある。

 

今回の宇井眞紀子の作品はアイヌによって選ばれたアイヌが、撮影場所や服装にいたるまで自分で決定する、という、カーティスとは逆の撮影手法をとっている。被写体の意思に寄り添い「写真家が極力関与しない」という彼女のポリシーには、アイヌ民族への深い愛情と尊敬を感じる。「アイヌ、100人のいま」は、百年後、二百年後の人々にどんな問いを投げかけるのか。寡黙にこの仕事に取り組んできた写真家宇井眞紀子に、あらん限りの賛辞と感謝を送り、応援のことばとする。

 

 作家 田口ランディ

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