東日本大震災以降運休となっていたJR常磐線の相馬〜浜吉田間の運行が本年12月から再開されることとなりました。
常磐線では既に日暮里〜竜田、原ノ町〜相馬、浜吉田〜岩沼の区間で運行が再開されているのですが、今度の再開で最も異なるのは、駒ヶ嶺〜浜吉田間の14.6キロを冠水地区の線路を内陸まで移設し高架線として再開することです。

2014年5月からはじまった土木工事はほぼ終了し、現在は線路敷設や電気工事、駅舎の建設が行われている状況です。
この区間にあった新地駅、山下駅、坂元駅の3駅も当然移設されることとなりるため、3駅の移設現場を巡ってみるとことにしました。

 

新地駅は周囲が立入禁止となっているため、近くまで行けませんが跨線橋などの駅施設は既に完成しているようでした。

 

山下駅も駅前を横切る県道以外からしか近寄ることができず車を止めて絵を描くスペースの確保が難しい状況だったため、結局当初から予定していた坂元駅を描くことにしました。

 

なぜ当初から坂元駅で想定していたか…それはNo.10「いのちをつないだ橋」で旧坂元駅の津波で壊れた跨線橋を描いた駅だったからです。約1.5キロ離れた旧駅跡を訪れて当時描いた足跡を探してみたのですが、ほぼ全施設の撤去が終了し、絵に登場していない駅前の観光案内板だけが当時の姿で残っていました。ただ駅跡に作られた神戸のボランティア団体が作った小さな花壇に僅かに植えられたパンジーの花がとても心に染みます。

新坂元駅建設予定地は国道6号線からも見ることができ、代行バスの臨時駅(バス停)も建築現場の目の前にあります。
そこから坂元中学校方面に僅かに入ったところに工事現場を俯瞰する仮設デッキが設置されていました。ここならば交通の邪魔にもならなく現場を一望できる。ここから描くことにしました。

一躍存在感を放つランガー桁橋は坂元川にかかる橋で、その手前付近が駅の建設予定地となっているようです。


手前の土砂が高く積まれた付近には将来、道の駅が建設される予定です。

しかし駅西側で再開発が実施されるのに東側は調整池なのかと不思議に思っていると地元の人がその答えを教えてくれました。
「津波は坂元川を遡上して国道6号を超えたんだ。今あなたが立っているすぐ手前にも家屋が流されてていて、国道から200メートル入った場所にある私の家の床下まで津波は到達したんだよ」
そうなるとこの付近の津波は海岸から2キロ以上押し寄せたということになる。

線路の敷設が完了し近日中には試験運行が始まることとなるだろう。
そのときはNo.98「スーパーひたち50号」として描き原ノ町駅で放置されたままとなっている651系と415系車両なもあわせて搬出されることになるのではないだろうか。

 

新着情報一覧へ