こんばんは!


ピースボールプロジェクトの三浦茂晴です。

サッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会が終わりました。


それぞれの国の結果を改めて見てみると・・・国全体が落胆ムードに包まれている国もあると聞きました。ブラジルに関しては号泣する少年の姿も。
サッカーを愛する故の憤り・・・何とも言葉になりませんでした。

サッカーを通してブラジルを応援したい。
W杯ブラジル大会が無事終わること、そしてブラジルの未来につながるように僕たちができる応援を続けて行こうと改めて思いました。

 

今年2014年W杯直前のブラジルを訪れた際のサッカー交流記をお届けします。
「ブラジル・サッカー交流記」

2014年1月、第81回ピースボート地球一周の船旅でブラジルを訪れました。
南米に向かう大西洋上では、年末年始を迎えたり、これから訪れるブラジルをはじめとした南米へ気持ちを高めていました。


ストリートチルドレンにメッセージを送ろうと、ブラジル国旗、日本国内で集めたサッカーボール(新品)に寄せ書きを集めました。

ブラジルで起こっている問題、事件などを振り替えりました。

非常に根深い問題であることを再認識し、サッカー場建設の意義を共有できました。

サッカーを通して、国際交流。世界の社会問題を考え、行動する。
ピースボールプロジェクトの原点です。

 

ブラジルを訪れた早朝、私たちは港で数人のストリートチルドレンのお出迎えをうけました。

初めて日本人と交流するということで最初は照れていてた。

彼らにとっては初めての日本語、初めての交流。
僕たちも慣れないポルトガル語、ブラジルの現場の空気にとまどっていました。
しかしブラジル人の陽気で無邪気な国民性のおかげか、あっという間にフレンドリーな空気に変わりました。

どちらかというと本当にハチャメチャ。
陽気を通り越して、やんちゃな子どもたちでした!

私たちがまず向かったのは、リオデジャネイロ市中心街にある「カンデラリア協会」。

 


この場所でかつて起こったストリートチルドレン大虐殺の現場を訪れました。
ストリートチルドレンの増加する社会問題がもっとも深刻化していた1990年代の悲劇です。

1993年7月23日深夜、リオデジャネイロ中心部 カンデラリア教会にて70人のストリートチルドレンが襲われ、8人死亡。

その犯人は、現職の警察官でした。

 

この事実を聞き、私たちは呆然としました。やり場のない気持ちになりました。

協会には、殺害されたことを忘れないため、十字架を土に埋め、路上に子どもたちの姿を残しています。毎年、追悼イベントも行われます。

この目の前にいる子どもたちも、一歩間違えばこのような事件に巻き込まれてしまいます。

路上生活を抜け出すことで子どもたちの被害が減るのであれば、新しい将来を子どもたちに見せてあげることが、ブラジル国民の、そしてこの現場の悲劇を知った人の使命なのかなと思いました。

このようにストリートチルドレンを取り巻き環境は良い者ではありません。。。

 

1990年代のブラジルは特に社会問題に目をつむり、根本的な解決を目指すどころか、目障りなことはもみ消す傾向にありました。

ストリートチルドレンもそう。

日本だけの常識で言えば、本来は、路上生活をしてしまっている子どもたちは、ケアされ、保護される対象になるはずが「排除」されてしまっていました。

社会が生んだ被害者ともいえる子どもたちが、邪魔者扱いされているのです。
また、区画整理、または大きな祭事などのタイミングでは特にひどい仕打ちをされていました。実際にW杯でも、子どもたちと警察、機動隊の衝突、一掃政策も実施されていたと聞いてます。

 

このようなことを考えながら、私たちは協会を後にし、サンマルチーニョ慈善協会に向かいました。

続く。


※「BUS174」というドキュメンタリー映画でもこの虐殺のことが取り扱われています。
2000年6月12日174路線のバスでバスジャック事件を起こした犯人が、実はカンデラリア協会で子どもたちが警官に虐殺された時に現場にいた仲間だったのです。。。
バスジャック事件は決して許されることではありません。
ただ、事件はなぜ起こってしまったのか、本質を考えていく必要があると考えさせられる映画です。

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