プロジェクト概要

「そして私は、」という物語をCDとし、焼津の第五福竜丸事件を語り継ぎ、平和を共に考え、その思いを世界に広げていく。

 

はじめまして!ギタリストのあら器量と申します。私は、静岡県の焼津市に住んでいます。マーシャル諸島ビキニ沖で水爆実験の被害にあった第五福竜丸の母港である焼津港のある町です。「そして私は、」という物語を多くの方々に聴いて頂き、新たに平和という事を共に考える機会を持ちたいと考えております。学校や様々な団体、個人の方々に配布しみんなで平和ということを考えてみるきっかけ作りにするため、2000枚のCDを作ります。

 

平和を思うきっかけにする2000枚を制作する38万円を集め、多くの方々に関心を持ってもらいたいのです。ご支援、よろしくお願い致します!

 

 

「そして私は、」−第五福竜丸事件が元になった平和を思う物語

 

内容は、焼津の漁師が水爆実験の被害にあった、第五福竜丸事件のドキュメントを元にし、自らも福竜丸の乗組員であった佐吉(架空の人物)が平和への思いを語る、平和への願いの物語です。「人は石器から銅へ、銅から鉄へと平和利用してきたけぇが、使い方によっちゃあ人を殺す武器にもなるだけぇなあ。文明が進み、すでに有る物を無えってわけには行かねえし、今は原子力の時代だって言うだけぇ、それとどう向き合って行くのか考えなきゃなんねえなぁ。そん事を忘れねぇようにする為に、お前によく言ってた「ゴジラ」の夢のような話が何時か実現するとええのになぁ」と、水爆実験の犠牲者の一人愛吉の言葉も借り、平和といういう事をみんなで考えてみたいのです。

 

 

焼津の第五福竜丸事件について

 

この事件は、焼津の遠洋マグロ漁船第五福竜丸の乗組員が、マーシャル諸島ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験に遭遇し、死の灰を浴び犠牲性者となった事件です。放射能を浴び亡くなった無船長久保山愛吉氏は、平和時での核の最初の犠牲者と言われています。1951年3月1日の事でした。

 

そしてこの事件は、世界の平和運動へと発展し、原子力という物を共に考える大きなきっかけとなりました。使い方によっては人を殺す為の武器にもなる原子力を、どう私たちの社会に役立てるのか、また言い方を変えれば、新たな科学の力である原子力は力強い文明を築く礎にもなると同時に、いっぺんに多くの人を殺す武器にもなるエネルギーを持っています。私たちは未来に向かってこの力とどう向き合って行くのかと事を考えさせる衝撃的な事件となりました。この第五福竜丸は現在も多くの人々の力によって夢の島に展示館が作られ展示保存されています。

 

 

焼津の第五福竜丸事件を語り継ぎ、平和を伝えていくために

 

第五福竜丸事件を焼津を中心に、子供達、大人達に語り継ぐ事が出来ます。後戻りのできない原子力の時代に、佐吉の目を通して平和を考え、生きる力と希望を持って頂けます。そして誰もが幸せに生きる事ができるように、その子供たちが平和への思いを世界に広げていきます。

 

 

<引換券について>

 

¥3,000 の支援で受取る引換券
・「そして私は、」のCD1枚

・名簿記載させていただきます
・サンクスレター



¥10,000 の支援で受取る引換券
3000円の引換券に加え、

・焼津のお土産(中)

¥30,000 の支援で受取る引換券
3000円の引換券に加え、

・焼津のお土産(大)

・ギター教室体験券


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