1番言葉が出なくなったのは、いわゆる仮設住宅に住んでいる視覚障害夫婦を訪問した時でした。アスファルトの舗装などされていない、雨が降ると田んぼのようにドロドロになってしまう道の両側に、…、正直人間が住むところだとは思えない木の家が並んでます。扉なんて付いていなくて、床と屋根と壁だけがとりあえずある6畳くらいの木の箱、そこにほぼ全盲の夫婦と12歳のお子さんとおばあちゃんの4人が暮らしていました。

家の中には家具などもちろんなく、ドアが付いていないため、泥だらけになっている木の床に直接座ったり、寝たりしています。

 

 これが災害の後1カ月以内ならまだ分かるんです、彼らはこの生活を2年続けているわけです。収入は1週間に600円。いくらフィリピンでも、たとえばマクドナルドなど安くご飯を済ませたとしても、600円だと2.5食分くらいにしかなりません。600円は、フィリピンにおいて一人当たりが1日に必要な食費です。そのお金で4人が1週間生きている…、もう想像がつかないです、2年間まだ生き延びていることだけでも奇跡です。きっと2日に1回お米お茶碗1杯などしか食べられないでしょう、お水は何を飲んでいるのやら。

 

 そして全盲夫婦です。こんなところで自由に出歩けるわけもなく、おばあちゃんは80歳を超えています。避難所生活でも、支給される食べ物を取りに行けたのは当時10歳だった娘だけで、フィリピンの配給は早い者勝ちなので、何度も何度も配給品を取り逃したそうです。

 

 この週だけで何人もの人の涙を見ました。台風の話になると泣き出してしまって話せなくなる人がかなりいますし、今でも雨が降ると寝られないという人がほとんどです。障害者向けのサポートや情報など何一つなくて、生存競争に負けて、避難所でも差別があって、…

 

自由に外出できない自分たち家族を訪ねてきたり、気遣ってくれたりする人なんて誰もいなかったそうです。来てくれてありがとう、私たちの存在に気づいてくれて、私たちを訪ねてくれてありがとうとお母さんに泣かれてしまったこともありました。

 

防災セミナーを受ける支援地域の子どもたち
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