※ご支援の募集は5月末で終了しました。どうもありがとうございました。

みなさま、こんにちは、上田肇です。

 

昨晩のシェア祭りに参加してくれたみなさま、どうもありがとうございました!

 

お陰様でセカンドゴールの200万まで、あと53万になりました。

締切まであと1日半です。

 

さらなるご支援をお待ちしております。m(_ _)m

 

ところで、私も他の人と同じで、何でも人に頼らず自分でやらなければいけないと教わって育ちました。できないのは努力が足りないからだと叱られたせいか、何かに困っても(まるで自分が悪いことをしているような気がして)人に頼むことができません。できなければ我慢するか諦めるだけです。

 

逆に、困っても人に頼むのを遠慮している様子の人に(その人の努力が足りないのを非難するような気がして)声をかけることもできませんでした。どちらにしろ、人に迷惑をかけるのを恐れて、いつも遠慮して何も言わないといった感じです。

 

あなたはどうされていますか?

 

ところが、ギランバレーになったら、何もできなくなりました。全身麻痺でオムツの寝たきり老人になってしまい、人工呼吸器で口を塞がれ、栄養は鼻のチューブから、排泄物は垂れ流しで、すべてされるがままでした(涙)

 

それから長いこと、1年以上、(手が麻痺してるので)何でも人の手助けを借りないとできませんでした。人に助けてもらう正当な理由があった訳ですが、人に頼ってはいけないという教えとの葛藤に悩みました。遠慮して必要なことを頼まなかったり、思い通りにやってくれないことを恨んだり、、、

 

自分と同じように、困っていても声をかけてくれない人ばかりだったような気がしますが、中には、ごく自然に手を差し伸べてくれる人達もいました。その人達には、特に媚びたり悪びれることなく、素直に助けを求めることができました。

 

今思うと、その人達から、遠慮を乗り越える勇気というか「人に助けを求める勇気」を教えてもらっていたのだと思います。

 

クラウドファンディングでは、人の財布を当てにすることに遠慮を覚えつつも、「人に助けを求める勇気」を出して頑張りました。

 

ご支援いただいたみなさまの応援コメントを読んだ時に、何も恐れる必要はなかったことが分かりました。たくさんの共感のメッセージに胸が熱くなり、温かい応援と励ましの言葉からパワーと勇気をもらいました。

 

システムエラーもありましたが、他所でもいろいろと思うようにならないことがありました(汗)「人に助けてもらう勇気」とは、人のすること(人にやっていただくこと)に寛容になるということでもあるんですね。不寛容であれば、自分でやらなければいけないという所に、また戻ってしまいます。

 

今は、病気になる前よりも、他の人と一緒に、今までできなかったことが、リラックスしてできるような気がします。ゆっくりまったりですが(笑)

 

少~しずつ

 

さて、他のプロジェクトメンバーにも「人に助けを求める勇気」についてどう思うか聞いてみました。

 


人に助けを求める勇気

 

連日、沢山のご支援ありがとうございます。


クラウドファンディングも闘病も、人に助けてもらうものです。ですが、人に助けてもらうのがとても気が引ける人の方が多いのではないでしょうか。
私もいまだに申し訳ない気持ちになりますが、どうしても必要な時は聞かれる前に頼んだ方が、意外と快く引き受けて下さる事が多いです。
私も受けるばかりではなく出来る範囲で手助けが出来る機会がありましたら参加するように心がけてます。小さな助け合いが世の中を支えていると感じます。

 

たむらあやこ
 

かあちゃん


人に助けを求める勇気

 

『助けを求める』とか、『助けてあげた』とか一切感じない世の中になって欲しいと思う。
私は障害者1級になってしまって、人の助けなしでは生きて行くことが出来なくなってしまった。
そこに、勇気もくそもない。
『外に出る』か『家に籠る』か、出ると決めたら、助けてもらうしかないのだ。

 

障害者が快適に動ける世界。
当たり前に助けてもらえて、『すいません』ではなく『ありがとう』を連発してれば良い世界。
自分を卑下するのではなく、堂々と、周りに感謝していれば気持ち良く生きていける世界。
そんな世界であって欲しい。
標題の『勇気』なんて言葉が、思いつかない世界であって欲しい。

 

手塚 篤
 

神


人に助けを求める勇気

 

決して人の力を頼らないタイプの人間でも、
自分の力を過信するタイプの人間でもなかった。

 

むしろ、弱音を吐くこともたくさんあったし、
わりと、グダグダなところもたくさんあった。

 

ただ。きちんとしたい…という思いはあって、
つい。頑張りすぎてしまうことがよくあった。

 

そんな自分が、人の助けを借りないと
今日いちにちを生きることすらできない身体になった。

 

辛かったなぁ…

 

ただひたすらに、
羞恥と、申し訳なさと、
時に思い通りにいかない苛立ちを感じながら
人様に助けてもらい、命を繋ぐ日々。

 

でも、人に助けを求めるしかない状態になってはじめて、
わかったこともあったよ。

 

自分って、ほんとにちっちゃい。
でも。自分って、ほんとに尊い。
そして。人って、あったかい。

 

なんでも自分一人で頑張り過ぎるんじゃなく、
これからは、もう少し人に助けを求めてみようかな…

 

人に助けを求める勇気があれば、
今よりも、よりよく生きれるかもしれない。

 

tomo

 

エッラそーに・・・

 

※次のプロジェクトメンバーからの投稿は、未成年者なので写真と実名の掲載は遠慮させていただきました。よろしくご理解いただきたくお願い申し上げます。

 

人に助けを求める勇気

 

僕は子供の時から、人に助けを求めるタイミングや、我慢すること、しないこと、をはかることが苦手でした。ある意味ぶきっちょで、母や周りの大人に、なんでそこを我慢して他の我慢ができない?!と言われることもありました。笑

 

病気になってから、人に助けを求めないといけない状況が何倍にも増えました。しかし、「タイミングは大丈夫かな、、?」「断られたらどうしよう?」「これくらい自分でやらないと、、、」と気にしすぎていて、自分の中で助けを求めることは悪いことだという意識が拭えませんでした。

 

でも、いろんな人に助けてもらったり、無理しすぎて「もっと早く言ってよ!」って言われてから反省したり、、そんな経験から得たことは、「素直に助けを求めるのが他の人にとっても自分にとっても健康的。」だということです。少し勇気は必要かもしれないけど、助けを求めることを怖がる必要はないと思ってます。

 

助けを求めて、助けてもらって、自分もできることで恩返ししていきたい(生きたい?)と思ってます。

 

ふーくん
 

ちょっと手貸して

 

※プロジェクトで使用しているマンガ『ふんばれ、がんばれ、ギランバレー!』の絵やカットは出版社の講談社様より掲載許可を頂いております。

 

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