二十年ほど前、食の道具の写真をどんと見開き二ページに掲載して、まつわる文章をエッセイ風に綴るページを札幌のタウン誌に連載していた。

その二年間二十四回の連載中、夕張郡栗山町の北の錦 小林酒造さんが所蔵する古い酒の道具を二回取り上げさせていただいた。その時に取材撮影の立ち会いをしてくださったのが現在の四代目当主、小林 米三郎 社長だった。


僕の書いた文章を気に入ってくださり、すすきのでご馳走になったりした。年齢も近く、ともに蕎麦打ちが趣味だったりで四方山話に花が咲いた。

「栗山の酒蔵から直送した酒が飲める場所を札幌に作るのが夢なんだ」
「それなら蕎麦屋なんかいいじゃないですか!北の錦で蕎麦屋酒!」
「そうだね、じゃ、その時が来たら力を貸してよ!」

そんなやりとりがありワクワクしたけれど、酒の席の話でもありやがて忘れていた。

「星野さん、札幌に店を出すことになったよ!手伝って!」

 

そんな電話をいただいたのは、その酒の席から八年も経過した頃だった!
四代目に就任されて取り組まれた大仕事だったように記憶している。


「え?蕎麦屋ですか!」

「いや、いろいろ考えたけど地鶏を中心にした地酒の店なんだ」





そんな嬉しいご報告をいただき、まずは社長と一緒に店名を考えるところから始まった。

栗山に明治 大正 昭和の煉瓦造り、石造りの酒蔵が六つ並んでいる。一番蔵から六番蔵まで。これは栗山の大切な風景のひとつであり、映画のロケに使われたり、酒好きのみならず、多くの人が遠路からやって来る。



その夕張郡栗山町の小林酒造が札幌に七番目の蔵を開きました。
そんな意味を込めて、『地の酒 地の酉 まる田 七番蔵』と命名された。
(まる田は小林家の屋号)

「地の酉」の「酉」とは鶏の意味もあり、つまり地鶏のことなのだ。他にも酉は干支や方角や暦、時刻と様々な意味を持っている。酉の刻は酒の飲みたくなる時分。酉に《さんずい》を付けると酒になる。しかも酉そのものにも、酒を醸す壺というような意味があるそうな。その辺りはコピーライターとしての仕事だった。

その延長線上で開業のチラシやリーフレットも作らせていただいたのだけれども、何よりもありがたかったのは、書家である私の母の書を店名に採用してくださったことだ。

 

 

 

横浜の母を電話とファクシミリで遠隔操作して、膨大な数の書体の候補や肩書きとの組み合わせを送ってもらい、デザイナーと一緒にそれを元に縦書きと横書きのロゴに仕立てた。

 



開業は2003年9月。
母の書が入り口の分厚い一枚板の看板に彫り込まれた際には胸が熱くなった。

 


それから十二年。押しも押されぬ繁盛店に成長した七番蔵の品書きは今も手掛けさせていただいている。単なるビジネスとひと言では言い尽くせない心に残る仕事をさせていただいている。

2009年。現在の風の色の前身にあたる酒場を札幌狸小路六丁目に開店した日、小林酒造四代目社長が自ら、急階段の二階の店まで祝いの酒樽と門外不出の酒林(杉玉)をわざわざ届けてくださった。 

「これ(酒林)にはお酒の神様のお札が仕込まれていて、私たち蔵元にはとても神聖なものなんだ。だから星野さんといえどもあげる訳にはいかない。だから貸してあげるだけだから、ね!」

 

 


 

 

 

2013年の晩秋から2014年の春にかけて、久しぶりに小林酒造さんの仕事が続いた。ひとつは2014年4月の消費税改正に向けた七番蔵のお品書きの全面リニューアル。

そしてもうひとつが、さまざまなご縁が折り重なって、UHB 北海道文化放送のミニドキュメンタリー『北海道プライド』シリーズの一作として小林酒造さんを取り上げることになり、その番組の企画・構成を担当させていただいた。

近年では少し前までとは比べ物にならないほど、食用米も酒米(酒造好適米)も北海道産が注目されている。ゆめぴりか然り。

北海道産の第四の酒米と呼ばれる「きたしずく」が初めて栽培され、収穫された年の晩秋に、自分の作った米を持って小林酒造の蔵人になった、同じ栗山町の米農家四代目と蔵元の専務(社長の弟さん)を主人公に据えたドキュメンタリー『米人から蔵人へ』が2014年の3月にオンエアされた。

そうした二十年の北の錦 小林酒造さんとのご縁の集大成のような日本酒会を2014年7月に星の庵 風の色で開いた。名付けて『風の錦の会』。

 



米を作った人。
酒を作った人。
番組を作った人。

一杯の酒に関わった人々が一堂に会し、その想いに耳を傾けながらいただく北の錦は格別だった。今年の9月には第二回「風の錦の会」を開催。来年は新店舗で!

だから風の色の日本酒はずっと、狸小路時代から北の錦一本だった。

今年の2月から、三十年前から続く富良野くまげらの店主森本さんとのご縁で、別の酒蔵が醸してくださった風の色のオリジナル吟醸酒(※)を扱うことになった際には、真っ先に小林社長と小林専務にご報告した。お二人とも、風の色に新しい武器が誕生することは素晴らしい、と手放しに喜んでくださった。なんとありがたい。

 

 

 

ひとつだけ心残りは、母が著した書を冠した「七番蔵」にも「風の色」にも母を連れて来てやれなかったことだ。



小林四代目から「借りた」ままになっているお酒の神様?
新店舗の入り口の土間の天井からぶら下がっている予定です。



(※)新着情報「4吟醸 風の色について____くまげらという憧憬」参照



 

 

 



 

 

 

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