1年越しのご報告。

READYFOR? を通してご支援くださった皆さま、
このプロジェクトを様々な場所で拡散してくださった皆さま、
今まで進捗状況も何もお伝えせず、申し訳ございませんでした。
1年越しとなってしまいましたが、ご報告させていただきます。

 

昨年のバレンタインデーに目標金額の50万円を超えるご寄付をいただいてから、

これまでの一年間、

結果 現地の2000人の女子生徒に布ナプキンを配布することができました。

 

正直に申し上げますと、プロジェクトのタイトルに掲げたように、

「カンガ」という伝統的な布を用いた商品を販売しましたが、
ケニアの子ども達の教育費を賄える程の収益を確保することは
到底できませんでした。

 

プロジェクトに向き合う私の努力、商品を確立するセンス、全ては私の力量の無さによるもので、

現地の女性と共に継続的に収益を確保するサイクルを築くことができませんでした。

『「カンガ商品販売」によって50人の教育機会をつくる』

この目標を信じてご寄付してくださった皆さまには

不本意な結果をお伝えすることになってしまい、大変申し訳ございません。

 

ただし、50人の教育機会はつくれなかったけれども、

2000人の女子生徒が、教育を受けるチャンスを得ることはできました。

 

現地で活動している女性メンバーの意向もあり、

収益が継続的に確保される「商売」ではなく、

ナプキンを買うことすらできない女子生徒を助けることがメインになり、

私もその意向や「現地のメンバーがやりたい活動」を制してまで

商売をただ始めることは出来ませんでした。

 

不甲斐なさを感じます。

今の私では、これが限界でした。

同時に、私に「プロジェクトを一緒にさせて欲しい」と
自ら伝えてきたケニアの女性たちに賭け、

「一旦、このみんなとやってみよう」と一緒に歩むことを決めたので、

自分自身の意向を突き通すのではなく、

現地で活動する彼女たちの意向に沿うこと、

彼女たちを絶対に突き放さないこと、

プロジェクトが思うようにならないからといって
コラボする相手を他の団体や人々に変えないこと

は、心に留めていました。
 

結果的に、頂いたご支援は2000人分の布ナプキンとして、
現地の女子生徒たちに届きました。
現地のケニア人女性たちが

生地購入→ 縫製 →学校へ配布

と、全て活動を回しました。

 

「2000」という数字は、決して少ないものではありません。

この数字は、皆さまのご支援無しでは、絶対達成できませんでした。
1年経った今でも、ご支援してくださった皆さまには
感謝の気持ちでいっぱいです。

会ったこともない私に
少しでも可能性を感じ、大切なお金をご寄付してくださった皆さま、
多様なつながりを与えてくださった皆さま、
手を貸してくださった皆さま、

本当にありがとうございました。
 

 

長々とはなってしまいますが、私がその間何をしていたかも、お伝えします。

 

私はこの1年間、ずっと働いていました。

1日14、15時間、週6日、

1日のうち10時間は立ちっぱなし、

心身くたくたで、本当に、息ができなくなるまで働きました。

疲れすぎて、しばらく、息ができなかったんです。笑

自分の体調もままならない程だったので、

ケニアでのプロジェクトを空き時間に進めるなんて、とても無理でした。

 

ただ、昨年の2月 1ヶ月間を現地で過ごし、

現地で出逢った女性たちがモチベーション高く活動に励もうとしている

そのやる気を、日々の業務の忙しさのせいで止めたくありませんでした。

その熱量は、どうしても身近にいなければ、距離があればあるほど、

時間が経つにつれて、どんどん冷めてしまうからです。

どうにかして進めなければ、とずっと思っていました。

 

そして、彼女たちのやる気は随分燃え上がっていて、

私が多忙にしている間も、着々とプロジェクトを進めてくれました。

 

18歳でプロジェクトを始めた時は、
ケニアから帰国した途端に誰も布ナプキンを縫わなくなり
プロジェクトが停止してしまった経験からすると、

彼女たちのモチベーションと、やる気にはとても感動しました。
「2000」という数字は、皆さまのあたたかいサポートと、

現地の、彼女たちの頑張りなしでは、成し得なかったのです。

 

 

ですが、私はちょっと怒ってもいます。

READYFOR?でご寄付してくださった皆さま、

声をかけてくれて、布ナプキン製作を手伝ってくれた友人、

プロジェクトを拡大するために
各地を奔走してくださった立命館大学の皆さま、先生方、

カンガの商品も、布ナプキンも、いつも私以上に精を出してつくってくれた母、

誰も見返りなんて求めていません。

このプロジェクトを応援したからといって、お金もらえることもなしに、

それでも、必死で皆さん、駆け回ってくださったんです。

いろんなところで声を発してくださったんです。

すごく忙しい中、時間を割いてくださったんです。

 

なのに、ケニアで活動を進める時、

なんでまずお金を渡さないと、ほとんどの人が動かないのか?

 

もともとの経済力が違うから仕方ない、というのは一つあります。

日本は先進国、豊かな人たちだらけ。

高級な料理を1回食べるのを我慢したら?

飲み会に行くのを2回我慢したら?

ケニアで出逢った子供1人が、学校に1年間通えます。

こんな生活が当たり前の国で、豊かさに浸りきっているわたしたちは、

権威と豊かさを享受する特権を持つにあたって、

とんでもなく貧しい生活を強いられる人々に対して

自分の豊かさを還元する責任を持たなければいけません。

そして、いろんな通信手段に恵まれる今、
どんなに豊かな生活をわたしたちが送ってるか、ケニアの人も知ってるんです。

そして「お金持ってるんだったらくれて当然でしょ。」と

あからさまに言ってくるわけです。

物乞いする人、ストリートチルドレン、なんてなんのその、

働き盛りの若い元気な人たちも「金持ちなんでしょ?お金ちょうだい。」

と四六時中言ってきます。

(※土地柄・人柄によります。全てのケニアにいる人、アフリカ大陸が同じだとは申し上げません。)

 

もとは といえば、モノやお金をひょいひょい与え始めた、当事者が悪い。

かわいそうに思ったから、自分は豊かだから、理由は何にせよ、

私だけでなく、私の何十年も何百年も前にそこに現れた先進国から来た人々が
そこら辺の笑顔がキラキラした子供たちに
一緒に写真をとるためか?何か貰って喜ばれる優越感に浸りたかったのか?

モノをあげる。そんな文化が染み付いてしまっています。

小さな頃からそれが当たり前で、大人になっても抜けない様子。

 

それでも、納得いきません。

 

機会に恵まれるにせよ、生まれた土地が豊かだったにせよ、

プロジェクトを応援してくださった皆さま、

皆さまが、汗水垂らして働いて得られたお金です。

 

私も18歳にケニアに行ってから、必死で動いてきました。
女子生徒が生理のたびに学校を休んでると知ったら、
「この人が貧しくて死にそうなんだ」と現地から声が届けば、
何も見返り求めず、できることはやってきました。
貧しい人を助けるための、現地に送るお金がなければ、
自分のアルバイトを増やしました。
19歳の時、貯めたアルバイトのお金はほぼ全てケニアに送りました。

 

先進国に生まれたわたしたちが、

運良く得られた豊かさを 社会に還元する一定の努力・責任を追求するように、

還元を得る側も、状況を打破する努力を自らで追求しなければ。

 

より住みやすく、より生きやすく、よりよい社会を共に目指す以上、

共に努力を怠らない気概を欠いてはいけない。

 

「お金を貰えて当たり前」

そんな意識がどこかにある以上、自立はなかなか芽生えないのです。

 

「現地の人々の自立」は、いつでも叫ばれます。

私と一緒に活動してくれた女性たちも、よくよくわかっているし、

「途上国援助」や「支援」に携わる人たち、皆理解しています。

 

でも「ぶら下がっている」状態で落ち着かれると、

自立も、継続も、発展も、見込めないのです。

今回「布ナプキンの配布」で行き詰まってしまった原因は、
ここにもありました。

 

 

一方で、確実に感じるのは、豊かなわたしたちが

「運良く得られた豊かさを 社会に還元する一定の努力・責任」

を追求することが、貧困を減らしていく一番の近道だということ。

実際に現地の方との対話をはじめない限り、
自分たちで努力を始めない限り、

社会的弱者と位置付けられる人々に「努力の不足」を投げかけるのは

あまりにも無知だということです。

まず「変わるべきはわたしたち。」です。

私も無知の殻を、徐々に剥ぐ努力をしていきます。

 

活動をもっとうまくやるのにも、

自分の器を大きくするのにも、

時間がかかることは自明です。

 

そして、今の私と、彼女たちが出来ることは ここまででした。

 

皆さまのご協力に、改めて感謝いたします。

本当にありがとうございます。

 

皆さまのお陰で、より多くの教育機会を手に入れた

2000人の女子生徒たちが

楽しんで学んでいますように。

 

ありがとうございました。

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