仮設住宅集会場にてお茶会を開きました!

皆様こんにちは!いかがお過ごしでしょうか?

2月20日25日は、陸前高田市内の3か所の仮設住宅にて、お茶の会を行い、たくさんの方にいらしていただきました。そのご報告をいたします。

 

20日は広田水産グランド仮設住宅、25日は、米崎小学校仮設住宅と、米崎中学校仮設住宅、それぞれの集会場に伺って参りました。昨年の気仙の緑茶と前日に作ったつぶあんと最中皮などを持参しての、お茶会。そして、聞き書き集の原稿をお持ちして、確認いただくという会でもありました。

 

事前にお知らせしていただき、10名~15名くらいずつ、お集まりいただきました。聞き書きの「先生方」が集まってくださるのが、本当にありがたく思います。

 

広水仮設集会場では、皆様、にこにこして会場入りしてくださったり、私たちに気づいて「あっ」と表情を緩めてくださる方もいらして、嬉しい限りでした。いつも、たくさんお話をしてくださいます。今回は、前回の茶会の様子を原稿にした、聞き書きの文章をお読みいただいたり説明したりしながら、お茶とお菓子を楽しんでいただきました。(今回は広水仮設での写真をとらないでしまいました。残念!)

 

 

米小仮設集会場でも、馴染みの方々や、久々にお会いする方が、次々いらしてくださいました。笑顔でお迎えくださるので、本当に嬉しいです。

 

この日、新たにお聞きした話としては、こちらでは、

 

ジョウヤと呼ばれる地域(岩手では「部落」と呼びます)の集会場に、何日間も泊まり込んで料理を作ったり酒飲みをしたりする風習について教えてもらいました。男女は分かれて行う。また年代別(年寄り、ガガサマ、若妻、子供)にも分かれているのだそうです。(この風習について、陸前高田では初めて聞きました!)

 

それから、村詣り、のこと。それぞれがお米を、専用の巾着袋のようなものに入れて持って行って、神社や、道端の観音などを詣でるのだそうです。途中でお弁当を食べて、一日がかりで、部落の人達で歩いたそうです。それが楽しみだった、と話してくださいました。

 

お墓に、茶葉(製茶したもの)とお水を上げたというお話もお聞きしました。

 

(米小仮設集会場では、笑いのたえないお茶会になりました!)

 

 

米中仮設集会場でも、いつも来てくださる方々が集まってくださいました。

「いつもどうも~」から始まるお茶会でした。

 

こちらでは、

 

移住者が最初にお世話になった家を「わらじ脱ぎ場」と呼んで、本家よりも大事にした。何百年も前のことであっても、代々本家よりも大事にお付き合いしたこと。

 

ジョウヤに泊まり込む、風習は「オショウジンコ(御精進講)」とか「山の神講」「観音講」などと呼んでいたこと。女性ならば、年代別に、年寄り、ガガサマ(お母さん)、若妻、子供、に分かれていた。それぞれの年代で集まることで、部落のしきたりや、子育てのこと、料理の作り方などを伝承したこと。(昭和30年代まで続いた)

 

カセドリ、では、タモ(片手のついたカゴ)を一人がもたされて、家の玄関を開けて「かせどーり よいよいよい」と言うと、「ばーばーばー、ほれほれほれ」と餅や団子をその中にいれてくれたこと。(昭和35、36年くらいまでやった)

 

この地域では、伊達藩の「しつけけいこ」躾稽古(小笠原流の礼法)、という習慣があり、先生(地域に代々教えてきた家がある)が、泊まり込みで、作法と一緒に、料理も教えて歩いた。水引の結び方とか、謡とか、ややもすれば踊りまで教えた。

その礼法を身に着けている人が、冠婚葬祭の人が集まる時に「中座持ち」(司会役)を務める。

 

など、教えていただきました。

 

そして、それぞれの、こだわりの作り方のある、羊羹、ゆべしなどの作り方も。

この話題は、語り始めると、熱く語りますね~みなさん。

 

(興味深いお話しと、その間に挟まれる、どっと盛り上がる笑いのお茶会でした!)

 

伺う度に興味深いお話をお聞きするので、その内容はとても1冊にまとめきれません!なんとか、続けてまとめていきたいものだな、と思うところです。

 

帰りがけに、一人が、「宝袋(たからぶくろ)出たったもんね~いろいろ」とおっしゃいました。とっておきのお話、ってことなのでしょうか。ご参加の皆様に、感謝感謝です!

 

 

(送っていただいた物や、教わってご自分たちで作ったというお雛様、それから見事なつるし雛も飾ってありました@米中仮設集会場)