プロジェクト概要

 

地域住民の暮らしと共に

280年間伝承されてきた「黒森歌舞伎」

 

伝統を守るために欠かせない「衣裳」が

入手しにくくなっているという悲しい現状があります

このままでは若い世代が歌舞伎を続けられません

 

今年、私達は初の海外公演をおこないます

これはポーランド国内で初の日本の歌舞伎公演です

美しい衣裳で日本の文化をポーランドに伝えたい

この伝統をしっかりと次世代に繋ぎたい

 

皆様からのご支援をどうぞよろしくお願いします

 

 

 

本で唯一

歌舞伎の3要素を守り続ける地芝居

 

黒森歌舞伎は、山形県酒田市黒森地区で、江戸時代中期から続く地芝居です。

 

現在全国には、170を超える地芝居があるといわれています。それぞれ土地の祭礼や年中行事と結びつき、伝承されてきました。しかし社会の変化にともないその形態も変化し、村おこしなどの観光要素として行われる場合も多くなっています。

 

こうした中でも、黒森歌舞伎は地区の鎮守・日枝神社に奉納する歌舞伎として、祭礼との結びつきを絶やさず、その伝統を守り続けてきました。地芝居としては日本で唯一、「女形を男が演じている」「太夫・語りがそろっている」「舞台を組む」といった3つの特徴をあわせもつ歌舞伎です。

 

黒森歌舞伎は山形県指定無形民俗文化財にも登録されている
黒森歌舞伎は山形県指定無形民俗文化財にも登録されている

 

毎年旧暦の小正月に当たる2月15日、17日の2日間、神社の奉納行事として上演
雪の中で演じられることから「雪中芝居」「寒中芝居」とも呼ばれ、観客は厳寒の境内で舞台を楽しむ

 

 

から子へ、子から孫へ

困難を乗り越え受け継がれた伝統

 

黒森歌舞伎は、私達「妻堂連中」の座員約50名によって構成されています。

 

原則として黒森地区民だけが座員になることができるため、親から子へと代々受け継いできました。地域で伝統を守るという高い意識のもと、続けられてきた歌舞伎なのです。

 

明治27年の庄内大地震では、黒森地区は壊滅状態となり、大事な衣裳や道具類のほとんどを焼失してしまいました。それでもどうにか資金を集め、明治29年には上演を再開しています。太平洋戦争中は、物資もなく若者もいない中で、役者を引退した年配の方が歌舞伎を続けました。

 

こうして280年のあいだ何度も困難に直面しながらも、先人たちの努力で受け継がれてきたという事実が伝えられています。

 

昔は希望者が多く、家の長男しか妻堂連中に参加することができないという決まりがあった
黒森地区民の男性たちによる、日々の稽古の様子
公演前、化粧の様子

 

 

森には、芝居の虫がいる

 

昔から「黒森には芝居の虫がいる」といわれています。他の地芝居と違い黒森歌舞伎は、日枝神社の行事とともに一年を通じて活動をしており、地元民にとって生活の一部となっているためです。

 

黒森地区も少子高齢化が徐々に進み、民俗芸能の伝承が難しくなっています。それでも黒森には地元黒森小学校生が演じる少年歌舞伎があるため、社会人になった若者たちも、自然と役者や裏方として妻堂連中に入ってきてくれています。

 

地区民が一体となって歌舞伎をつくり、楽しむ文化が、黒森にはあるのです。

 

今でも地域住民が協力し花道づくりなどをおこなう習慣がある
地元黒森小学校生が演じる少年歌舞伎
地元民の生活の中に、歌舞伎が根付いている

 

 

裳不足

280年の歴史に危機

 

黒森歌舞伎には約500点の衣裳があります。その多くは古い衣裳のため洗濯はできず、夏場の虫干しと衣裳部による補修を重ね、大切に使ってきました。しかし、ほとんどの衣裳は昭和のもので、傷みが激しくなっています。補修するにしても、歌舞伎の衣裳につかう特殊な生地を作る職人も高齢化し、年々減ってきているという現状があります。

 

「歌舞伎をやりたい」と妻堂連中に入ってくる若者たちがいるのに、衣裳が不足していて歌舞伎を続けられない。これほど悲しいことはありません。これまで先人たちが築いてきた280年の伝統を、ここで絶やすわけにはいかないのです。

 

現存する一番古い衣裳は文久2年(1862年)のもの、現在も現役
衣裳を入れている箱が、その歴史を物語る

 

傷んだ女形の衣裳、今回はこのような女形の衣裳を製作予定

 

 

性が演じる女形を

より華やかに見せるための衣裳を

 

黒森歌舞伎では女形を男性役者が演じることが特徴ですが、近年は背の高い男性役者が多く、昔の衣裳では体に合わないという問題がおきています。

 

特に女形は、立ち方、座り方、歩き方、走り方、お辞儀の仕方、手のしぐさ、指先の動きなどの見せ方で、女性の年齢、身分などを演じ分けます。今は袖や裾の短い衣裳で、何とか女形としての見せ方ができている状態です。新しく体に合った衣裳をつくることができれば、より華やかで綺麗な女形の見せ方ができるようになります。

 

皆様からご支援をいただいて女形の衣裳を1着つくりたいと考えています。

 

 

 

ーランドから招待をうけ

初の海外公演へ

 

2019年11月、私たちは初の海外公演をおこないます。日本とポーランドとの国交樹立100周年を記念して、数ある歌舞伎の中から黒森歌舞伎が選ばれ、招待いただいたのです。

 

ポーランドは親日国として知られており、能や日本舞踊などの公演は頻繁に開催されていますが、未だに歌舞伎の公演はおこなわれたことがありません。今回の公演が、ポーランドの地で初めての、日本の歌舞伎上演となるのです。

 

この貴重な機会に、ぜひ新しい歌舞伎独特のきらびやかな衣裳で、日本の伝統文化を紹介したいと思っています。

 

 

 

イガ・ルトコフスカ博士と黒森歌舞伎の縁

 

2009年、東京大学大学院人文社会系研究家文化資源学専攻の研究生として日本文化を研究していた、ポーランド出身のイガ・ルトコフスカ氏が黒森を訪れました。指導教官であった古井戸秀夫教授の推薦で、黒森歌舞伎正月公演を視察にきたのです。

 

黒森歌舞伎の歴史をはじめ、年間におよぶ関連事業、舞台の奥深さ、地区民一体となって歌舞伎を作り楽しむ文化に、強い興味を持ったそうです。翌年の2010年もイガ氏は、正月公演や太夫振舞、春祭りなど年間行事の度に黒森を訪れ、調査研究を続けました。

 

黒森を訪れたイガ氏(左)、座員(中央)、イガ氏のご家族(右)
黒森歌舞伎を鑑賞するイガ氏とそのご家族

 

 

ポーランドに帰国後、イガ氏はポズナン市にあるアダム・ミッキェヴィッチ大学の アシスタント・プロフェッサーとして勤務していました。ポーランドと日本の国交樹立100周年を記念し、ぜひポーランド国民に日本の庶民文化である地芝居を紹介したい、とイガ氏より黒森歌舞伎に出演依頼が届いたのです。

 

ポーランド世界芸術研究所からの招待状

 

 

域に感謝し

黒森歌舞伎を次の世代へ


民俗芸能の多くは後継者不足と言われており、多くの行政が支援に乗り出しています。黒森も他の地区と同様に少子高齢化が進んでいますが、黒森歌舞伎は地域の力に支えられてその伝統を守り続けることができました。

 

しかし、金銭支援や人材派遣だけでは解決できない問題もあります。それが、衣裳や道具を作る職人が減っているということです。まずはこうした現状を、一人でも多くの方に伝えたいと考えています。

 

歌舞伎に興味を持つ次の世代を大切にしたい、継承するために必要な職人不足の課題とも向き合っていきたい。今回のポーランド公演は、そのための貴重な機会です。必ず公演を成功させ、黒森歌舞伎の今後の発展と継承につなげたいと思っています。皆様の温かいご支援を、どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

応援メッセージ

 

2019年、ポーランドと日本の国交樹立100周年を記念して、ポーランド国内では様々なイベントが開催されます。そのひとつが、古典的な日本の演劇である歌舞伎の公演です。ポーランドではこれまで歌舞伎が公演されたことがありません。この公演は、ポーランドで初めての歌舞伎公演となるとともに、日本の地方で受け継がれている伝統文化をポーランドの人たちへ紹介する機会となります。

 

現在日本で活動する200をこえる歌舞伎の団体の中で、黒森歌舞伎は、舞台のデザイン、豊富な演目のレパートリー、高いレベルの演技力、男性の演者が女性役を演じる「女形」など、非常に優れていると考えています。ポーランドで初めての歌舞伎公演に、約300年間続く伝統を現在まで守り続けた黒森歌舞伎の一座を招待いたします。

 

現在、黒森歌舞伎ポーランド公演にむけてポーランドと日本両国で準備が進められています。ぜひ、皆様のご協力をお願いいたします。

 

ポーランド国立アダム・ミッキェヴィチ大学

東洋研究所日本研究科助教授

イガ・ルトコフスカ博士

 

 

 

※本プロジェクトは皆様から頂戴したご支援で、2019年11月09日(土)までに新しく歌舞伎の衣裳1着を製作することをもって完了とします。


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