お世話になっております。
代表実行者の相田淳一でございます。
おかげ様で、目標金額に対しまして、まもなく50%というところまで、進捗させていただきました。
誠にありがとうございます。
どうぞ引き続き記事をご覧いただきまして、ご支援の輪が広がりますよう、ご声援をお願い申し上げます。
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さて、今回から何度か不定期となりますが、プロジェクト実行メンバーが、合奏音楽に巡り合った頃の思い出などを、自己紹介を兼ねて書かせていただきます。
恐縮ですが、お付き合いいただけますと幸いです。
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山形県上山市に生を受けた私は、昭和47年に上山市立上山中学校に入学いたしました。
〇中学に入学、母親と自宅にて撮影。
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野球が大変好きだった父親の影響で、小学生時代は少年野球チームで活動し、中学校に入学したら野球部に入ろう!と決めていた記憶があります。
〇地区の少年野球チームで活動。
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入学して間もなく、授業が終わると、上級生による部活動への勧誘が活発に行われていました。
友人と二人で音楽室の前を通りかかった時のことです。
吹奏楽部の女子部員数名が私たちを取り囲み「あなたたち見学して行きなさい!」と、音楽室に軟禁されてしまいました。(*_*;
そして、その場で入部を強要(;^ω^)さて、気の弱い私は、なんとそれに応じてしまいました。
その強引さに屈した事実は、確かに80%くらいあります。
しかし、あとの20%は、トロンボーンを演奏する三人の先輩の、伸び縮みするスライドの動きが気持ち良いほどピッタリ合っていることに感動し、かっこいいな~、私もあんなことができたらいいいな、と自らの気持ちが傾いたことも確かです。
そして、吹奏楽部に入部し、父親に報告。
これまで音楽に興味を見せたこともまったくなく、てっきり野球部に入るものとばかり思っていた父親は、ビックリするやらガッカリするやらで、親不孝の始まりだったのかもしれません。
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あこがれたトロンボーンを希望したものの担当することは叶わず、トランペットパートに配属され、最初に手渡された楽器は、メッキが剥げ落ちて、管の途中に空いた穴を銀色のプラ粘土で応急手当したコルネットでした。(;^ω^)
音符も読めず、音も思うように出ず過ごした一年間ほどは、好きでやっているという感じではなかった記憶があります。
それでも二年生の中ごろには、自分専用の楽器がどうしても欲しくなり、母親に懇願してヤマハ社製の金色ピカピカのトランペットを買っていただきました。
〇中学二年生、吹奏楽コンクール山形県大会。
〇指揮/菊池康夫先生
〇曲目/
♪課題曲:シンコペイテッドマーチ「明日に向かって」 作曲:岩井直溥
♪自由曲:管楽器のための序曲 作曲:チャールズ・カーター
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中学一年の秋に、39歳で父親が逝ってしまい、母親は小さい子供三人を抱え、前途多難な先の見えない生活にもかかわらず、息子を不憫に思って、高額な楽器を買ってくれました。
この感謝は、一生忘れるものではありません。
それからは、寝ても覚めても、風邪で授業は休んでも部活には出てくる(;^ω^)という、ラッパ漬けの毎日。
部活動の仲間と時間を忘れて語り合った吹奏楽への思い。
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その思いは、現在まで変わることなく持続させていただいております。
 
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〇多感な年齢時期だからこそ、ひとつのことに打ち込める、「初心の気持ち」と「体力」。
〇その時期に、打ち込めるものに巡り会えることができる「選択肢」があることの「幸運」。
〇そして、巡り会えた打ち込めるものを、続けることができる「理解」と「環境」。
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上山ユースバンドは、その選択肢のひとつとして、家族と地域のご理解をいただきながら活動させていただき、その後の人生において「良かった。」と思っていただける活動でありたいと思います。
 
 
人口減少~少子化
「部活動」から「文化活動」への転換。
希望する地域の少年少女が、ひとりでも多く合奏音楽の活動を経験できる環境構築のため、このプロジェクトにご賛同ください。
 
ありがとうございます。
 
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