MECPがそのミッションをさらに深めていこうと考えたとき、強く影響を受けたのが、代表高見が師事する、ピアニスト・仲道郁代先生の活動でした。

「音楽の力」とは何か、第一線で活動されている中でのお考えと、MECPへのメッセージを頂戴しました。

私は演奏家として、30年間、舞台に立たせていただいてきました

大好きなピアノを演奏できること、音楽の道を追求できることは、私の最高の幸せです。

でも、自分の音楽を追い続けるだけでいいのだろうか…という問いをいつも抱いてきました。

 

演奏家が社会においてなせること、なすべきことがあるのではないか。私が演奏する意味とはなにか。

 

皮肉なことに、人は大きな困難にあって初めて大切なことに気がつくことがあるものです。

私は、3.11東日本大震災で大きな被害を受けた東北のある場所へ、ご縁あってその年の5月に演奏にうかがいました。

混沌とした中で、避難生活を送っておられる方や、様々な作業にあたっている方が、その手をふと休めて、音に耳を傾けてくださり、そしてまた戻っていかれる……その様子が深く胸に残っています。

 

音楽は、衣食住が満たされた後の楽しみごとととらえられることも多いでしょう。

けれど、その時、私は、音楽は明日へ向かう力、生きる力を得る糧になるのかもしれない、と思いました。

 

辛くてどうすることもできない、体を動かす気力も湧かない……

そんな時、音楽が心に、身体に染み入って、ふと、また動いてみようと思える。

皆さまにもそんな体験があるのではないでしょうか。

それこそが音楽の力であり、演奏家としての意味だと思います。

 

ライヒは、この作品で、作曲家として「音楽で何ができるのか」を問うたのだと思います。

これから社会へ出て行こうとしている若い音楽学生たちが、強い意思のもと、自分たちにできることを模索しチャレンジしていく。その姿勢に私は大きなエールを送ります。

 

彼らの活動は、音楽を学ぶ多くの学生への示唆にもなることでしょう。

そして、学生の皆さんが、自分たちの存在意義、音楽に携わる意味を見つけ、社会の中でも意味を持つ活動につながっていけるよう、サポートができたらと願っています。

 

仲道郁代