こんにちは。

MECPでは東北、地域施設などで演奏しております、大内遥です。

人間は、最期まで残るのは聴覚であると聞いたことがあります。
9.11当時、私は6歳でした。そして、ニューヨークは私の生まれ故郷でもあり、ワールドトレードセンターは、そこにあって当たり前の景色でした。

それがまるでゴジラの特撮のように崩れて行く様は現実とは思えず、ただただ驚いたのを覚えています。友達や父の仕事仲間もニューヨークに残っており、母が心配する様子も覚えています。


時が経ち小2のとき、9.11が題材の絵本の読み聞かせがありました。

大学生になり、ライヒの作品を聴きました。

どちらも、当時の衝撃と苦しさがまた思い起こされるものでした。感情が否応無しに動かされます。

日常的に出来事を思い出すことはなくとも、聴くことで当時の感情が蘇る。音楽に状況を当てて表現した時に発揮される力を知りました。

そして、東日本大震災の3.11。

4年前より毎夏、東北で演奏の機会に恵まれ、視察もしました。14日に伺った福島県相馬市の沿岸部、たくさんの住居があった場所に、塩害により農業はもうできないからと今は綺麗にソーラーパネルが並んでいます。

故郷を全て失う気持ちを、私は完全に理解することはできないし、生演奏から受ける力を、演奏している私は想像することしかできません。

しかし、毎回の演奏後に会話の輪が生まれ、演奏前と後でお客様の表情が変わって行く様子を前から見ていると、あぁ私はここで演奏していいのだなと、安心と温かな気持ちに包まれます。


16日、石巻・仮設大橋団地で演奏後、「私はただの大根だったけど、演奏を聴いて出汁がしみた良い大根になりました」との声を頂きました。

音楽は、聴覚に訴える情報が具体的でない分、厳しい現実を越えて、ただ純粋に楽しい・かっこいい・悲しいと感じさせ、それがその人の1日、1週間、1ヶ月分の栄養になっているようです。

もちろん、そのように感じる余裕さえない時期もあります。

だからこそ、今後この場で演奏していいものか・何を弾こうか悩むことはあっても、弾き始めたら、音楽を信じてひたすら演奏を届けることに専念してもいいのだと思っています。誰よりもその力を信じて、今日も1日、積み重ねていきたいです。


これからもMECPを見守って頂けたら嬉しいです。

このページを訪ねてくださり、ありがとうございました。

 

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