2000年7月10日の朝、パヤタスのゴミ山が、降り続いた台風の雨のために、崩れ落ち、ふもとの数百世帯の集落を埋める、という大惨事が起きました。

発見された死者は200名以上。行方不明者の数は政府発表では100名弱でしたが、そんなことはない、もっとたくさんだ、数百名以上だと、地元の人たちは言いました。

この事故で、パアララン・パンタオに通う生徒たち23名とその家族も、犠牲になりました。親を亡くした子もいました。

 

行方不明の生徒たちの消息をもとめて、毎週末、レティ先生は、現場と避難センターを訪ね歩きました。写真は、被災現場の人から話を聞くレティ先生。

夕暮れ、崩れたゴミ山に向かって、ろうそくの火を点けようとしている子どもたちに会いました。犠牲になったきょうだい2人のために灯すあかりでした。

 

この悲劇的な大惨事をきっかけに、パヤタスの状況は大きく変わっていくことになります。(ゴミが捨てられ続けることと、人々の貧困だけは、変化がありませんが)

パアララン・パンタオも、変化に応じて、子どもたちや地域の人たちへの支援のありかたを模索していきます。

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