朝、パソコンを開くと更にたくさんの方からご参加を頂いておりました。

言葉がありません・・・ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

震災の年、私の妻のお腹の中には子どもがいました。

その影響を調べるうちに、大変な事が起きてしまった。

我が子はもちろん、福島の子どもたちをなんとしなければと

自主避難のアテンドをするに至りました。

その年の9月に産まれた長女はもう3歳を過ぎました。

今では次男、次女と、小さな子ども3人に囲まれて

青森県の田舎で大変ながら幸せな生活を送っています。

支援とはなんでしょうか?NPOなんてものをやっていながら

この言葉にはしっくりきません。社会貢献も同様に。

震災後すぐに気仙沼へ入り物資を届けましたが

入ったその日は「ここに何が出来ると思って来たのだろう」と

自分を責めました。あまりの惨状に足はすくみ、ただただ瓦礫を

片付ける人々の邪魔にならないように・・・それしか出来ませんでした。

それでも続けられたのは、被災地の人たちとの出会いがあったから。

鮪立という町で、食べるものも無いのに、手渡された、パンにジャムを

塗っただけのサンドイッチの味を私は一生忘れる事はありません。

自主避難のアテンドでは人それぞれの現実を見る事となりました。

「福島」というひとくくりで語られる情報に違和感を感じました。

福島の話ではなく、その人の話なのだと。

それでも力強く新しい人生を歩もうとする人々と巡り合えたことで

私は、今こうして家族と一緒の時間を過ごしています。

それは、支援や貢献なんかじゃない。

背中を押されたのは、勇気を与えられたのは、私なのです。

気仙沼の悲劇を見たとき。

人々の現実を見たとき。

自分の手の届く範囲で出来る事を続けるしかない・・・そう感じました。

目の前の老人に気が付かないなら活動など意味がありません。

大きなことは出来ませんが、これからも出来る事を続けていきます。

どうか、最後までご協力をお願いします。

 

NPO法人 みんな地球の子どもじゃん 理事長 木村一雄

 

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