斉藤 大法

 

わたしは、30年ほど前に医師をやめ出家して僧侶になった者です。今回は、少し仏教に関するお話しなどもさせていただきたいと思います。

 

私とカンボジアとの関りは、2006年秋~2008年春まで、四方僧伽(しほうさんが)のメンバーとしてカンボジアに滞在して日々の仏教の修行とため池(ブッダの池)や道路つくり、育関係の仕事をしたことにはじまります。

 

当時から私のテーマは、『人間の精神の成長と社会活動』ということでした。

 

一見別々のものに思える両者ですが、ほんとうは切っても切り離せないくらい密接に関わり合うものです。

 

なぜならどんなに良い社会をつくろうと思って頑張っていても、ひとりひとりが欲望への執着が強いと競争や奪い合という苦しみの多い(不幸せな)社会になってしまいます。

一方、どんなに精神性を高めてきれいな心を持つことが出来ても自分だけ良ければ良いと思って周りや社会のことを考えなければ、全体が悪化し、それは結局自分自身にも降りかかってきます。

 

ですからこの両者は、車の両輪のようにして進んでゆかなければならないのです。

 

今日、日本の仏教というと「お葬式や法事」というイメージが強いかと思いますが、それは本来の仏教からする側道のようなもので、ほんとうは、

「さまざまな苦しみをつくりだしている執着から解放されて自由で思いやりのある精神をあらわすこと」

にあります。

そうした心の基礎をしっかり培うことによってより良い社会がつくられるはずです。

 

特にここ数年、国際的にも戦争やテロリズムの現実と危機が叫ばれる中で、改めて以下のような言葉が、深く響いてきたのでした。

 

ユネスコ憲章の前文に

『戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない』

とあります。

 

また、宮澤 賢治は、『農民芸術概論綱要』の序論にこう述べています。

 

世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。

自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する。

この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか。

 

まったくこの通りだと思ったわけです。

 

そうして2014年友人とCEP カンボジア エンパワーメント プロジェクトを立ち上げ、カンボジアの自立と平和なコミュニティーつくりをどうしたらと議論を重ねながらやってきました。

 

その結果、いまのCEPが形づくられ、

 

1. 王立プノンペン大学での講演

2. 現地カンボジアNGOとの協働で村づくり

 

★村人と現地NGOとわたしたちで”村つくりの会議”

 

そして今回の​

3. 平和貢献プロジェクト

です。

 

この内容については、すでに本文に書かれていますので割愛しますが、Chanthaさんとは不思議とも言うべき出会いです。

 

わたしが、Chanthaさんの活動を知ってイメージしたのは、

  • 武器を平和へ
  • 平和は訴えるだけでなく、日々つくってゆくもの

でした。

 

わたしは、皆様ひとり一人の平和への願いと共に

この武器から平和へと転換するこのアクセサリーが、まさに『平和つくり』の象徴として世界に広がってゆくことを願っています。

 

★Chanthaさんご家族とCEPメンバー