暖かい応援をありがとうございます。

今回の主役は中原蘭さんですが、プロジェクトの責任者ということで、僕から始めさせていただきます。

 

プロジェクトのNEXTGOALを達成できるよう、想いをつなげていきたいと思います。

 

 

Q1.音楽とのかかわりについて

 

中学時代は野球部とブラスバンド部のかけもち、高校時代は野球部とコーラス部のかけもちでした。16歳の時、おじさんからもらったギターで、弾き語りをはじめ、その頃からオリジナルの曲を作るようになりました。

 

野球のからみの有名人では、中学の先輩に江川卓さん、大学時代の同じリーグには日ハムの栗山英樹監督がいます。

 

大学時代はその当時『路上』なんて言葉はなくて、外と言ってましたが、ギターを持って寒空の下で弾き語りをするなんてことも。

社会人になり、しばらく音楽から遠ざかっていましたが、まだ、インターネットと言わずパソコン通信とよばれている頃、ニフティの作曲と詞のフォーラムで活動を始めて、音楽熱が再発、プロジェクトのメンバーでもある中川太郎さんと知り合いました。

ヴォーカルのオーディションをやったり、仮歌を担当したり、ミキサーを担当したり、多くの作詞もこなしました。

 

もう、30年近く前の話ですね。

 

Q2.オカリナのどこにはまったのでしょう

 

一言でいうと、人間っぽいところ。とても不完全な楽器です。

入口は広く、奥は深い。一番最初に買ったのはプリマのオカリナでした。

引っ越しの時にどこかに行ったきり。

 

8年前、ピアノ弾きの息子とあわせようと思って、ネットで有名メーカーの15,000円の楽器を買いました。

これが見事にはずれ。ピッチが低すぎて許容範囲内にないので、どうにもならず。

 

作りだしたのはこれがきっかけです。

当時、益子で仕事をしていたので、陶芸の知識には困りませんでした。

 

鈴木のぼる先生の『ハンドメイドオカリナ』から知識を得て、ネットでも情報収集。佐野にある高谷オカリナの里のメンバーの方のサイトでノウハウを吸収。そして、宗次郎さんと出会い、作ったオカリナをもっていって1時間強、アドバイスをいただきました。それがすべてで、後は試行錯誤の連続。

 

土をいじるだけで、至福の時間でした。

山歩きをするときも自分で作ったオカリナを持っていって、響くところを探すのが好きでした。

 

いつしか、自分の中にオカリナ愛?が大きく育っていました。

そして、中原蘭さんとの出会い。

 

オカリナって人間くさいなと思っています。欠点がたくさんあって、でもそこが無性にまた、いとおしいです。でなければ、きっとここまではまることはなかったと思っています。

 

ライブやイベントでの、人前でのオカリナ演奏もいつしか、年間40程度はこなすようになっていました。

 

Q3.今一番やりたいことはなんですか

 

子供たちにオカリナの魅力を伝えたい!!

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