皆さん、こんにちは。歴博の仁藤です。本日は、正倉院文書の歴史の4回目です。

 

今回は、古代の行政文書としての正倉院文書について解説します。古代の公文書は公文と呼ばれました。

 

これは奈良時代の役所が作成した文書や諸国からの報告書などの行政文書のことで、戸籍・計帳(税の台帳)・正税帳(国ごとの収支報告)などに分類されます。

 

基本的に地方から都へ定期的に国司が持参する国政に関係した政務報告の帳簿群で、偽造を防ぐために文字面のうえに印を捺し、紙の継ぎ目には文書名の裏書きがなされました。

 

古代の印は文書などに権威や信用を与えるために文書の全面に捺されました。基本的に中央からの命令には内印(天皇の印)が、諸国からの上申文書には国の印が捺されることになっており、正税帳などの公文は、諸国からの報告書であるため「解」(上申する文書形式)という様式を用いています。公文は、一定期間(戸籍は30年)の保存後に廃棄されたが、廃棄文書の一部は東大寺写経所で帳簿として再利用されました(次回に続く)。

 

まだまだ全ての完成までは先が長いですが、いまこの取り組みを進めるということが
後世へ貴重な資料を残していくことにつながっていきます。
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