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【第二弾!】1200家庭のロヒンギャ難民に食料を届けたい!

稲川 望

稲川 望

【第二弾!】1200家庭のロヒンギャ難民に食料を届けたい!
支援総額
557,000

目標 500,000円

支援者
68人
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2017年10月10日 19:13

ロヒンギャの歴史2

なぜロヒンギャとミャンマー人の間にはこれほど深い溝があるのか、その歴史から理解を深めてみたいと思います。

 

まず、ロヒンギャの起源に関してはいくつかの説が存在しますが、概ね15世紀、アラカン王国の時代に現在のラカイン州に流入したという説が多く語られています。その後、18世紀の英領統治、戦後東パキスタンからの流入と、3度にわたる流入が重なり、現在の形に至っています。

 

対立の歴史としては、18世紀英領統治時代の反インド人運動もまた、対立のひとつであると私は考えています。

英領統治時代は、統治された地域内の移動制限はほとんどなく、インド人が現在のミャンマー地域に入ることができました。彼らは金貸しが多く、次第にミャンマー人の不満が高まっていきました。そこで行なわれたのが、反インド人運動です。そのとき標的とされたインド人が、ムスリムであったのです。

 

しかし、多くの人が「インドはヒンドゥー教の国ではないのか、なぜヒンドゥー教徒ではないのか。」そう思われることでしょう。その理由は、仏教とヒンドゥー教の生活習慣上の共通点が多かったからだと言われています。そこで、共通点が少ないムスリムが標的となったのです。

 

そして次第に「敵=インド人=ムスリム」という流れに変わっていったというのは、十分考えられることであります。このように、ムスリムに対する抵抗心は18世紀頃から存在していたと思われます。

 

その後、第二次大戦での日英代理戦争が彼らの対立の溝をいっそう深くすることになりました。

 

仏教徒とムスリムの対立は長い年月をかけて、後戻りできないほど深刻なものになっていきました。

 

次回は、1962年のクーデターによりミャンマーが軍事政権となった後、ロヒンギャに降りかかった差別と弾圧の歴史を見てみたいと思います。

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リターン

1,000

【学生限定コース】約2家族分の1日の食料を届けることができます。

感謝の気持ちを込めたメールを送らせていただきます。
現地での支援状況を記した報告書を送らせていただきます。

*治安、その他事件等で支援内容が変更する可能性もあります。

支援者
17人
在庫数
制限なし
発送予定
2017年12月

5,000

約10家族分の1日の食料を届けることができます。

感謝の気持ちを込めたメールを送らせていただきます。
現地での支援状況を記した報告書を送らせていただきます。

*治安、その他事件等で支援内容が変更する可能性もあります。

支援者
33人
在庫数
制限なし
発送予定
2017年12月

10,000

約20家族分の1日の食料を届けることができます。

感謝の気持ちを込めたメールを送らせていただきます。
現地での支援状況を記した報告書を送らせていただきます。
また、報告書にご芳名を記載させていただきます。
*治安、その他事件等で支援内容が変更する可能性もあります。

支援者
15人
在庫数
制限なし
発送予定
2017年12月

25,000

約50家族分の1日の食料を届けることができます。

感謝の気持ちを込めたメールを送らせていただきます。
現地での支援状況を記した報告書を送らせていただきます。
また、報告書にご芳名を記載させていただきます。
*治安、その他事件等で支援内容が変更する可能性もあります。

支援者
0人
在庫数
制限なし
発送予定
2017年12月

50,000

約100家族分の1日の食料を届けることができます。

感謝の気持ちを込めたメールを送らせていただきます。
現地での支援状況を記した報告書を送らせていただきます。
また、報告書にご芳名を記載させていただきます。
*治安、その他事件等で支援内容が変更する可能性もあります。

支援者
3人
在庫数
制限なし
発送予定
2017年12月

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