青年海外協力隊としてケニア野生生物公社(KWS)で働いていたある日、リサーチ部門の同僚から唐突に話を持ち掛けられた。
「シンバヒルズ国立保護区で大型動物の航空調査をやるんだけど、カメラマンとして参加しないか?」
「え、もちろん絶対行く!で、いつ?」
「今日から」
「えーっ!カメラも着替えも持ってきてないよ!」
というわけで公用のランドクルーザーで家に立ち寄ってもらい、カメラ機材と宿泊セットを持ってそのままシンバヒルズ国立保護区へ向かった。

 

セーブル・アンテロープ。オスは成熟すると茶色から黒に代わる。

 

シンバヒルズ国立保護区は家と職場のある古都・港町モンバサから南へ約30㎞、広さは約300平方キロメートル(東京23区の約半分)の小さな野生動物保護区だ。ケニアには約50頭しか残っていない貴重なレイヨウの仲間、セーブル・アンテロープを保護するために1968年に創設された。小高い丘が並び、森林、草原、灌木林と変化に富んだ環境にセーブル・アンテロープのほかアフリカゾウ、ヒョウ、インパラ、アフリカスイギュウなどの大型動物のほか、フィッシャーエボシドリやノドグロコバシタイヨウチョウなどの固有種が多く生息している。

 

ヘリコプター珍しさに近所の子供たちが集まる

 

今回はヘリコプターを使って保護区とその周辺地域をくまなく調査し、セーブル・アンテロープとアフリカゾウがどの区域にどのくらい生息しているのかを知るのが目的だ。私は資料や広報に使うための写真を撮影するのが仕事だ。調査は三日間に及び、私がヘリに搭乗したのは最終日の最終フライトとなった。撮影の為にヘリのドアは取り払われ、自分の左側を遮るものは何もない。シートベルトだけが命綱だ。

 

ヘリが近づいても余裕のキリン。色が黒いのは高齢の個体だ。

 

空から見るシンバヒルズ国立保護区の美しさはとても言葉に出来ない。雨期の森と草原はエメラルドのように緑色に輝いている。ヘリの爆音に驚いてバッファローやセーブルの群れが逃げ惑う。ギャロップで走るセーブルはまるで神話に出てくる動物のようだ。驚かせてごめん、でも遊びじゃないから許してくれ。逆にキリンはヘリコプターにも動じずに悠々と歩いている。普段大きな動物に見下ろされることが無いからだろうか。

 

ギャロップで疾走するセーブル・アンテロープ

 

保護区の境界近く、森林と草原が入り混じっている場所で、白いものが散乱しているのが見つかった。ゾウの白骨化した死体だ。散乱している骨の中には牙らしきものは見つからない。密猟者に殺され、持ち去られたのだろうか。

 

散乱しているゾウの骨。象牙らしきものは見えない。

 

シンバヒルズ国立保護区には険しい崖がいくつもある。ヘリが低空から崖をなめるように昇ってゆく。その険しい崖に数十頭ものゾウがいた。灌木の林を縫うように「象の道」が網目のように幾本も広がっていて、ゾウたちが、「たまたま今ここに来た」のではなくて、この場所で長い時間を過ごしていることを物語っていた。その時は圧倒的な光景に夢中になってシャッターを切っていたが、なぜあのような人間でも登るのに骨が折れそうな崖にゾウの大群がいたのか不思議に思い、後になって研究調査スタッフのベンにその理由を訊いてみた。

 

崖に暮らすアフリカゾウの群れ

 

彼によると、ここシンバヒルズ国立保護区は周囲が農地に囲まれており、ゾウは時折保護区を出て農地を荒らしたり、人を襲ったりすることがあるのだという。KWSは野生動物による被害者に金銭を補償する活動も行っているが、それだけで住民が納得するはずもなく、保護区周辺の住民、特に観光資源としての恩恵をゾウから受けていない農民からはゾウは害獣として憎まれている。そのためここのゾウは象牙目当てのプロの密猟者だけでなく、保護区の周囲を取り囲む住民にも常に命を狙われているのだ。ゾウの群れはそのプレッシャーから逃れるため、人の踏み入れにくい険しい崖で暮らしているのだという。

 

保護区のすぐ外には農地が広がる

 

別の日、その言葉の意味を思い知らされる出来事に遭遇した。シンバヒルズ国立保護区内の鳥類の調査に参加して、公園内をランドクルーザーで移動していたところ、道路の前方に大きな雌ゾウが倒れていたのだ。車を停めて100mくらい離れたところから様子を見ていると、倒れているゾウの家族と思われる群れが集まってきた。3歳くらいの子ゾウが心配そうに様子をうかがっている。倒れているゾウの子供だろうか。倒れているゾウは立つことは出来ないが意識はあるようで、時おり耳や鼻を動かしている。調査チームの中に獣医もいたので、とりあえず様子を診ることになった。レンジャーが威嚇射撃をして群れを追い払い、倒れているゾウに麻酔銃を放った。この時は獣医が処置をしているのを横目に私たちは調査の目的地に向かった。

 

毒矢に射られた母ゾウ。

 

このゾウを見た時、目立った外傷も見られなかったので、私は恐らく病気にかかって倒れていたのだろうと思っていた。しかし後日調査チームのジョセフィに倒れたゾウの後日談を聞き、私は絶句した。何とゾウが倒れていたのは病気のせいではなく毒矢によるものだったのだ。あのゾウは毒矢を射られたが捕まらずに逃げ延びたものの、毒が回ってあそこで力尽きて倒れていたのだ。毒矢を使うのはプロの密猟者ではなく地元住民だという。あのヘリから見たゾウの群れが崖に住んでいたのは住民からのプレッシャーのせいと言っていたのは本当だったのだ。

 

あの倒れていた母ゾウは助からなかった。

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