福島県浪江町で愛されてきた、大堀相馬焼を使った復興支援イベントを開催したい!

福島県浪江町で愛されてきた、大堀相馬焼を使った復興支援イベントを開催したい!

支援総額

1,372,000

目標金額 1,300,000円

支援者
62人
募集終了日
2014年1月13日

    https://readyfor.jp/projects/soma-yaki2014?sns_share_token=
    専用URLを使うと、あなたのシェアによってこのプロジェクトに何人訪れているかを確認できます
  • Facebook
  • X
  • LINE
  • note
2013年12月30日 16:05

大堀相馬焼の歴史①

■大堀相馬焼は東北地方唯一の古窯


 屈指の窯業地
大堀相馬焼の起源は江戸時代、元禄の初めにさかのぼります。地元大堀の半谷休閑の家僕左馬が相馬中村で陶法を学び大堀に帰って茶碗や日用雑品の焼成に成功したのがその起源だといわれています。 大堀村は地味の悪い山間地でした。煙草作りなどでようやくの生活を維持しており、半谷休閑は窯業を「一村の大業」として育てました。以後、地元の重要な産業として根をおろしていきます。焼成技法がまだ一般化されていない時代であっただけに、藩はその技法の他国流出を恐れ、きびしい保護対策を講じました。見習、弟子を制限し「一子相伝の誓」を固守しました。
しかし、明和四年(1767)上杉藩藩主上杉候によって研修を命ぜられた山形県米沢の相良作兵衛を受け入れた事がきっかけとなって一子相伝の誓は徐々に
解かれていきます。


相伝の誓が解かれるにしたがい、対外的な交流も多くなり、加えて一般庶民が焼き物を手掛けるという時代が訪れてきます。焼成技法は一般村民の生活の糧として即座に結び付き積極的に伝習されるようになりました。このことが地場産業として焼き物が根を下ろした背景とも言われています。宝永年間には焼き物生産に従事するものが百戸ほどあったそうです。 このようにして産地が形成され、技法も内外の利点を取り入れ独自のものを確立、東北地方ではもっとも発達した窯場で、隣県への技術指導も多くなされました。 大堀相馬焼は東北地方唯一の古窯、屈指の窯業地であったといえます。

 

リターン

3,000


alt

・Thanksレター(完成した作品の写真付き電子メール)

支援者
12人
在庫数
制限なし

10,000


alt

・感謝状と色紙(私、松永からの感謝状と窯主の馬九行久2014年verの直筆色紙をお届けします。)

・「KACHI_UMA」限定オリジナル大堀相馬焼(お好きなものを1個)

支援者
41人
在庫数
制限なし

30,000


alt

・感謝状と色紙(私、松永からの感謝状と窯主の馬九行久2014年verの直筆色紙をお届けします。)

・「KACHI_UMA」限定オリジナル大堀相馬焼(お好きなものを1個)

・「松永窯」セットまたは「Piece by Piece」の商品(どちらか一つお選びください)

支援者
7人
在庫数
制限なし

100,000


alt

・感謝状と色紙(私、松永からの感謝状と窯主の馬九行久2014年verの直筆色紙をお届けします。)

・「KACHI_UMA」限定オリジナル大堀相馬焼(お好きなものを1個)

・「松永窯」セットまたは「Piece by Piece」の商品(どちらか一つお選びください)


・「KACHI_UMA」プロジェクトのwebサイトにお名前を記載させて頂きます。

・大堀相馬焼の制作現場見学ツアー招待券

支援者
3人
在庫数
2

300,000


alt

・感謝状と色紙(私、松永からの感謝状と窯主の馬九行久2014年verの直筆色紙をお届けします。)

・「KACHI_UMA」限定オリジナル大堀相馬焼(お好きなものを1個)

・「松永窯」セットまたは「Piece by Piece」の商品(どちらか一つお選びください)


・「KACHI_UMA」プロジェクトのwebサイトにお名前を記載させて頂きます。

・大堀相馬焼の制作現場見学ツアー招待券

・「KACHI_UMA」プロジェクトの懇親会へご招待致します

支援者
1人
在庫数
2

記事をシェアして応援する

    https://readyfor.jp/projects/soma-yaki2014/announcements/6455?sns_share_token=
    専用URLを使うと、あなたのシェアによってこのプロジェクトに何人訪れているかを確認できます
  • Facebook
  • X
  • LINE
  • note

あなたにおすすめのプロジェクト

注目のプロジェクト

もっと見る

新着のプロジェクト

もっと見る