ご支援いただいております皆様、このページをご覧いただいてます皆様、プロジェクトの締切まであと二週間となりました。私の不可能に近い取り組みにご理解を頂くとともに、強く背中を教えて下さってありがとうございます。

演劇というものは、時として人生を変えるほどの影響力を持つことがあります。

なぜなら、それは多くの人の思いと協同でしか生まれない芸術だからです。

 

太平洋食堂の出演者は18人、スタッフを入れれば32名という大所帯です。

その人々が、脚本を元にあれやこれやと思考して生まれる表現、俳優なら演技、演出なら舞台全体のコンダクト、舞台美術は、物語の世界観、照明は光の陰影、音響は音の全て、衣装は時代と人物を写し、ヘアメイクは人物の造形に深くかかわり、小道具は美術の柱を支え、チラシのデザイナーは作品の看板となり、制作という事務は舞台スタッフを縁の下で全て引き受けます。

それぞれが、一つの脚本の元に集結してその世界を作る為にオーケストラのように働くのです。

ですから脚本は一人の人間が書いたとしても、その上演というものは一つとして同じものがない、奇跡の瞬間の連続です。映画の様に同じものが再生されるのではありません。

それゆえに、非効率もあり、力を持ちます。

 

悲しいことに地方ではなかなか本格的な芝居を見る機会はありません。

ましてや、地方の衰退、経済の格差というのは、東京の人間が思っている以上に深刻です。

昔、私が劇団四季に在籍していたころ、代表の浅利氏は「塩を運ぶように文化を手渡す」という話をずっとされていました。それは、東京に一極集中する文化がテレビのようなマスコミでは地方に流れないのだという意味です。足を運び、荷を担いでそこへ行き、ようやく手渡すことが出来るというものです。

 

私自身は、新宮とは全く地縁も血縁もありませんが、創作者としての最初のステップで小説家・中上健次の作品を脚色したことで、その土地の持つ魔力と歴史に魅入られました。国土創生の神話と生きる町、血みどろの歴史と生きる町、それが新宮です。そこで起きた大逆事件は、日本が坂の上の雲を目指して近代化された時期、そしてその戦争による発展の歪が、まさに災厄となって地方の開明的な人々に降りかかりました。

 

それを知る事、語る事、それが未来を手渡す一つの大事な仕事だと思います。

キラキラとした若い人たちが、自分で考え、自分で未来を作る為に、料理のレシピに塩が不可欠なように、この事件を語り継ぐこと、ドクトルら太平洋食堂の人々を伝えることは重要だと考えます。そのうえで、どう歴史を考えるのか?それは彼らの自由なのです。強制されるような事ではありません。

 

プロジェクトの締切まであと二週間となりました。ぜひ、見ず知らずの全国の皆様のご支援で、この一地方への文化的プレゼントを実行させてください。

心より、ご支援を願います。

市内の神倉神社 

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