幼い頃に映画スターに憧れて、いつかは自分もあのスクリーンの中に、と漠然と考えていた僕でしたが、中学生になって自我意識が芽生えて来た頃に、鏡に自分の姿を映してみて愕然とします。映画スターなんて自分には無理だ、と。

 

ところが、高校生のときに尾道公会堂で劇団民藝の舞台公演をたまたま観劇したことが僕の人生を変えてくれました。「映画俳優は無理でも舞台役者にだったらなれるかもしれない」何故そう思ったのか、それは、その舞台にはひとりも美男美女が出演していなかったからです。(大変失礼なことを申しております。ご容赦くださいませ)その後、高校卒業と同時に上京し、劇団新人会で2年間修行、さらに2年間、憧れていた芥川比呂志さんが主宰していた劇団「演劇集団円」の研究生となって修行しました。

 

それから、紆余曲折あって30代前半に「座キューピーマジック」という劇団を友達と一緒に旗揚げしました。当時は新宿の紀伊国屋ホールと下北沢の本多劇場は若手小劇団にとっては甲子園みたいな存在で高値の花でした。ところが創立して数年後、第6回公演を終えた頃に、舞台監督を通じて本多劇場さんから系列の駅前劇場を使いませんかとお声がかかったのです。とってもありがたいお申し出でした。

 

以来、僕はずっと下北沢を中心に演劇公演を主宰しています。下北沢は細い道路が幾重にも入り組んでできている街です。そのごちゃごちゃとした感じが実家の映画館が建っていた故郷の商店街になんとなく似ているのです。僕にとってはなんだか懐かしい街でもあります。