さくらがお空に還ってからもうすぐ一年が経ちます。去年の今ごろはこの腕の中にあの子がいたのにと、思い出すたびにいつでもどこでも涙があふれてきます。

 

さくらが18トリソミーだとほぼわかったのは、35週4日。切迫早産で入院中に、羊水過多を指摘されて大きな病院に転院、エコーの結果横隔膜ヘルニアと心疾患がわかり、その日のうちに、救急車でもっともっと大きな病院に母体搬送されました。画像でほぼ18トリソミーだと予想された時点で、染色体異常の可能性があること、そうだった場合、予後がとても悪いこと、産まれたあとに積極的な治療をするか、自然に任せて看取るかの選択を求められました。これって18っこあるあるだよね(;´∀`)

彼女を苦しめるだけなら…という思いもよぎりましたが、ぬぐいきれない違和感を感じながら一晩考えた結果、わたしたちは、【可能な限りの積極的な治療】を選びました。このとき諦めなくてよかったと、何度思ったか数えきれません。

 

むしろ思わない日はなかったほどに、絞り出した初乳を3ccマーゲンチューブに注入したあのとき、はじめての抱っこ、夢の退院。じいじの大きな手で抱っこされると寝ちゃってて、じいじとっても得意気だったよね。

あたまかたひざぽんでにっこり。何度も何度もやると、ふっとよそ見してたよね。いつも一緒にオールナイトニッポンの「2時です」聞きながら抱っこで夜の注入したね。抱っこで背中とんとんは、訪看さんもびっくりの強めがお好きだったよね。眠ったと思ってベッドに下ろしたらすぐ気付いて非難のブーブー。真夏の夜のバイパップ(人工呼吸器)のからの風。タクシーに乗り込んで通園へ余裕の重役出勤。どんなにPTさんがもりあげてくれても素知らぬ顔でどこでも爆睡。キラキラ、イルミネーションに目をまんまるくしていたおうちリハビリ。

二歳の誕生日、湯河原へ1泊。にいにたちとお部屋の露天風呂に入ったね。スイマーバでプカプカ、緊張でお口が真一文字。

 



毎日、かわいいね、大好きだよ、生きていてくれるだけで、ここにいてくれるだけで、そんな存在がこの世にあるってことを全身全霊で伝えてくれた。

さくらとのお別れは辛くて後悔は波のように高く、低く襲ってきて、まるで大海原に放り出された小舟のようで、それは、きっといつ、どういう状況で訪れても同じだったと思うのです。もし七五三ができたとしても、きっと次の七歳を思って。もし、写真展に行けていたとしても、また次の写真展を思って。覚悟なんて、しているふりをしていただけで、どうして今?もう少し長く一緒にいたかったのに…どうして?どうして?という気持ちは今でも絶えません。


だけど、これだけは自信をもって言えるのです。

「その瞬間その瞬間さくらのために最善の選択をする努力をした」
「一日だって無駄にした日はなかった」
「毎日大好きだって伝えてた、きっとそれはさくらもわかってくれていた」

そしてそれを支えてくださった医療関係のみなさん、療育の先生方、18っこファミリーのみんな、たくさんの助けがさくらと私たちの日常を守ってくださいました。この場をお借りして、本当にありがとうございます。

もし、18トリソミーのお子さんを授かって不安に思ってる方がいたら伝えたい。大丈夫、なんとかなるからその腕に抱いてみてほしい。とんでもない宝物を授かったってことがきっとその瞬間にわかるから。正直辛いときもある。そんなときは助けを求めれば誰かがなんとか助けてくれるから。

これからも、がんばっている18っこちゃんたちを、産まれてくる18っこちゃんたちをたちを応援していきます。医療の力を借りながら、いろんな経験をして成長していってね。きっと医療はもっともっと進化する。「生存する限りゆっくりながらも 発達をとげる 」(小児慢性特定疾病情報センターWebサイトより)
小さいけれど、とても強い彼ら彼女らの命の光は、見えにくい世界を照らしてくれるはず。

これからも私の命のつづくかぎり。永遠に愛してるよ咲楽。

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