日本刀の製法解明へ。日本刀を作り出す鋼の強さの評価研究にご支援を。
寄付総額
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- 募集終了日
- 2022年4月28日
金属の引張特性と硬さについて(短縮版)日本刀の結果もあり
金属の強度特性
金属材料は強度や加工性に優れることから,日用品から機械や構造物など様々な製品に用いられています。製品に使用時は大きな力が掛かることが多いため,どの程度の力まで耐えることができるか?,という強度特性を予め調べる必要があります。この調査が不十分でその金属の限界以上の力が掛かると,その金属は大きく変形し,そして破壊してしまいます。これは即大きな事故に繋がるため,絶対に避けなければいけないことです。
金属の強度特性は様々なものがあり,引張特性,圧縮特性,延性,靱性,疲労特性,クリープ特性などがあり,その中で最も基本的な特性が引張特性となります。金属材料を造ったとき,あるいは使うときには,ほぼ必ず測定される性質となります。
引張特性と材料の変形
引張特性は文字どおり引張った時の性質となり,丸棒や板状のサンプルの両端を掴み(端部の形状はやや大きめ),「引張る時の力」と「引張ることによって生じたサンプルの伸び」を測定します。これによって,その材料がどの程度の力まで耐えることができるのか?,そしてどの程度変形できるか?を定量的に評価することが可能となります。しかし,サンプルのサイズによって耐えられる力や伸びる量は大きく変化してしまいます。そのため,引張った時の力を中央の断面積で割った“応力(Pa)”,そして伸びた割合の“ひずみ”によって評価します。
図1は軟鋼の引張試験結果となり,横軸にのびた割合のひずみ,縦軸に断面積あたりの力となる応力を示したグラフです。 “降伏応力”までの材料の変形は弾性変形のため,力を取り除くと元の形状に戻ることができます。降伏応力以降では塑性変形が生じ,力を取り除いても元の形状に戻ることはありません。その後,ひずみの増加に伴い応力が徐々に増えていき,最大値になった応力を“引張強さ”と呼びます。これが,その材料が耐えることができる最大の応力となります。その後,ひずみの増加に伴い応力が下がっていき,限界に達するとそのサンプルは切れます。この破壊したときのひずみが”破断ひずみ“となります。これら全てを総称して“引張特性”,そして,伸びる特性を“延性”と呼称します。
図1 引張試験で評価される降伏応力,引張り強さ,破断ひずみ
金属は強度を上げていくと延性が低下していきます。ただ,その程度は金属によって異なります。図2は,純アルミニウム,アルミニウム合金(ジュラルミン),純チタニウム,軟鋼,590及び780MPa級高張力鋼板(ハイテン)の引張試験結果となります。図中の“HV”は後述する硬さを示しています。純アルミニウムと軟鋼,そしてジュラルミンと純チタニウムは,それぞれ降伏応力や引張強度はほぼ同等ですが,延性が大きく異なります。
図2 種々の金属の引張特性とビッカース硬さ
図3は,軟鋼と780MPa級ハイテンの引張試験用のサンプルの写真となり,変形前,破壊直前,そして破壊後の写真となります。引張り方向は画面の左右方向となります。軟鋼は高延性のため,引張りに伴ってサンプルが大きく伸び,それに伴い幅が細くなります。そして,引張強さ以降では試験片の一部(写真では左端)のみが細くなり,そこで破壊が生じます。一方で,延性があまり高くないハイテンは変形量が少ないためサンプルはほとんど細くならず,引張強さ以降は左側のみ僅かに細くなっていますが,その度合いは軟鋼と比べて低いです。したがって,延性の差は,単純な変形量の違いだけではなく,変形の仕方も大きく変わってきます。
図3 引張試験に伴い,サンプルが変形及び破壊する様子。引張り方向は画面の左右方向。
日本刀の引張特性
ここで,日本刀の刃及び芯の部分から微小な引張り試験用サンプルを取り出して実施した,引張試験結果を示します(本研究のための予備試験結果です)。後述する硬さ試験の結果も合わせて示しています。刃から採取した刃材は延性が大きく低下しており,塑性域に入ることなく破壊しました。一方で,芯材では十分な延性があり,塑性変形が生じていました。この特性差は製法によって生じています。例えば,刃材においては,強度の上昇は炭素量の増加と焼入れによって生じ,焼入れ時の温度の上昇や冷却速度の上昇,結晶粒の微細化によりさらに強度が上昇します。しかし,それに伴い多くの場合で延性が低下します。一方で,焼戻しを施せば強度は低下しますが,延性は回復します。つまり,製法の影響を受けるのは強度だけではなく延性も含まれます。つまり,強度と延性が製法を推定するための重要な特性になることを示します。
図4 微小サンプルで評価した日本刀の刃と芯の引張特性
硬さ試験
硬さ試験にはいくつかの方法がありますが,ここでは日本刀の強度評価に用いられることが多いビッカース硬さについて説明します。ビッカース硬さは,先端がピラミッド形状の微小な人工ダイヤモンド製の圧子をサンプル表面に押し付け,その時に生じる傷(圧痕)の大きさで硬軟を調べます。硬ければ圧痕は小さく,軟らかければ圧痕は大きくなります。圧痕の大きさから数値として硬さが得られるため,相対的な比較に便利な指標です。図5にビッカース硬さ試験の圧子と圧子を押し付けたときの様子を側面から描いた模式図と,図6に走査型電子顕微鏡で観察した直上から観察した圧痕の写真を示します。
F:試験荷重(N) S:圧痕の表面積(mm2) d:圧痕の対角線長さの平均(mm)
θ:ダイヤモンド圧子の対角面(度)…θ=136°
図5 ビッカース硬さ
図6 走査型電子顕微鏡で観察したビッカース硬さの圧痕
図2の引張試験結果の中に“HV○○”という記載がありますが,これがその材料のビッカース硬さとなります。今回の硬さ試験の結果では,ジュラルミンならばHV 135,軟鋼ならばHV 92となります。さらに,図4の日本刀の引張試験結果と硬さ試験では,刃材と芯材で硬さに約3倍程度の差があります。ただ,この結果から刃材が弾性変形内で破壊し,延性がほとんどないことを読み取ることは難しく,硬さのみで強度特性を把握することは難しいです。
これは,材料が変形することで圧痕が生じる仕組みは複雑であるため,材料の強度特性を厳密に測れる試験法ではなく,おおざっぱな強さの違いを計る方法です。そのため,金属の強度特性として引張特性や延性などがありますが,その中に“硬さ特性”というものは存在しません。図2の引張試験結果において,純アルミニウムと軟鋼,そしてジュラルミンと純チタニウムは,それぞれ降伏応力や引張強度はほぼ同等ですが,硬さには大きな差が生じています。さらに,図4の日本刀内の刃材と芯材の延性は全く異なっていますが,硬さでは壊れやすさの指標となる延性を評価することもできません。そのため,刀身内で強度差が大きい日本刀を強度特性を硬さだけで評価することは難しいです。
参考までに図7に日本刀断面の硬さ試験結果を示します。日本刀内部の硬さは,場所により大きく変化していることが分かります。それだけ,部位により製法(炭素量や熱処理条件など)が異なることを示唆しますが,硬さだけでそれを明らかにすることは難しいです。
図7 日本刀断面のビッカース硬さ試験結果
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