こんにちは!暮らすさき事務局長の大崎です!

今朝このサイトを開くと、残り日数が日数カウントではなく、時間カウントになっていて、ドキドキ感が増しました(笑)

 

さて、残り2日。

泣いても笑っても。

 

何を書こうかな~と思いつつ、キーボードを打っていますが、ここまで来ると、もう本当に皆さんからの支援がうれしくて、感謝の言葉しか書けない自分がいます。

 

ですが、何か書きたいな~と思ったところに思い出しました。

 

実は昨日・一昨日と、すさき芸術のまちづくり実行委員会が行っている【現代地方譚5】のプログラムの一つで、「須崎のまちの物語」という演劇が行われました。

 

 

劇作家さんが丁寧に須崎の町や人を取材して作り上げた演劇。その人の思い出や記憶とともに、いろんな感情や時代を表現したもので、とてもよかったです。いろんな人のいろんな須崎の思い出が舞台で出てきて、共感と懐かしさと発見と。

 

本当に素敵なお芝居でした。

 

そこで思ったのは、町づくりもそんな記憶と思い出を残したいって想いなのかもと。

 

私は小さい頃”西町”というエリアで暮らしていました。小学校4年生で引っ越しするまでは、商店街は自分の生活圏で、友達もいたし、通学路でもあったし、買い物する場所でもありました。

 

思い出は数知れません。

 

近所にあった今でいうコンビニ的なお店でフライドポテトを袋で買って、友達とホクホクしながら食べた記憶、鍛冶打ちの工場もいくつかあったので、その前を通る度に響く、鉄を打つ音、鉄が削れる匂い。何とも言えない香りがする喫茶店(大きくなってあれはコーヒーの匂いだったのねと気づきました)。

 

 

竜踊りでは男の子しか竜が持てなくて、女の子たちはピアニカやトランペットで踊りの音楽を演奏しました。演奏の横で激しく動き回る竜に、爆竹の音と香り。

 

 

日曜市ではいつものお店でいつものように野菜や干物を買って、玉子焼きを買ってもらうのがうれしかった。八幡様では松ぼっくりを拾ったり鬼ごっこしたり。

 

唯一習い事として通っていたエレクトーンの教室。たった3階建ての建物ですが、すっごく大きなビルだと思ってました。教科書を買った本屋さん、耳鼻科でやった鼻洗浄、大きくていろんな種類のお雛様を売ってる荒物屋さん、証明写真はあそこの写真屋さんと決まってた。

 

須崎の商店街をイメージすると、たくさんの思い出が視覚・嗅覚で思い出されて、本当に尽きません。この私の思い出を読んで、あ~、そうやった、あ~あれもあった、なんて感じる人もいるかもしれません。

 

でも、今やそんな子どもの頃の記憶の中の町は、どんどんと消えています。閉店・撤退・規模縮小。後継者不足や空き店舗の増加など、大人になって見た商店街は、課題だらけの町でした。

 

けれど、活気を取り戻すとか再生とか、私には到底そんな力はなくて。けれど、現状、元気な商店主の方々ともたくさん知り合い、この町はまだまだいけると思ったのも事実です。

 

だから、空き店舗になったからすぐ壊して更地にしてしまおうと単純な思いだけで壊してほしくないなと思うのです。(なかなか借り手がいないのも事実ではありますが・・・)

 

この上原邸も、もともとは漁網店。その頃の記憶がある人は少なくなってしまったかもしれませんが、最近では”シェーン”という名称を持ち親しまれていたジーンズショップだったことから、その頃中高生だったかつての若者の方々は「ここですごい買ってた~」と思い出を語ってくれました。

 

建物の記憶とともに青春がよみがえり、ニコニコとそれを話す方の顔をみて、この取り組みをすることで、この建物を残せて本当に良かった~と思ったことでした。

 

記憶とともに残る町。歴史がある商店街・町だからこそ残したい。皆さんの思い出も消えてほしくない。このプロジェクトを通してこんな想いも改めて感じたのでした。

 

残り2日!

最後までご支援のほどよろしくお願い致します!!

 

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