みなさん、こんにちは。

プロジェクトチームメンバーの春田純です。

 

 

今日はみなさんに、「競技用義足と出会い、僕の人生が180度変わった」そんな瞬間の話をさせてもらおうと思います。

 

中学3年の春、僕は左足に違和感を感じ、接骨院に少し通った。

ただの捻挫か使いすぎだろうと思っていた。

 

当時の自分は日本でも流行りだしていた「インラインスケート」に夢中になっていたからだった。

 

生意気ながらもショップからインストラクターを頼まれプロの誘いもあり自分の中では高校に通いながらプロになって競技をしていくんだ。と考えていた。

 

しかし、自分の体が悲鳴をあげていた。

 

中学の卒業をひかえていた頃、突然違和感を感じていた左足のくるぶしに激痛が走った。地元の総合病院で精密検査を受けると大きな腫瘍が見つかり骨肉腫と診断されすぐに東京にある慶應義塾大学病院に向かった。

 

化学療法治療(抗がん剤治療)が始まり、3ヶ月後には脚の切断手術をした。

 

義足人生の始まりだ。

 

抗がん剤の治療は過酷だった。

あまりの過酷さに高校進学やプロスケーターの事など吹っ飛んでしまった。

 

3年間の入院が終わり、地元に帰ってからまた苦労が待っていた。

 

それは周りに義足の人間がいないことや目線だった。

当時は歩き方が上手く不自然に感じ見ていただけだと思うが自分はそうは感じとれなかった。

 

義足をつけて歩くと周りの目線が自分の足に注目しているように感じ始め次第に義足を隠すようになり義足がコンプレックスになった。

 

約10年間そのような生活が続きメンタル的にもきつかった。

 

義足の作り替えで2週間ほど入院をした時、同じタイミングでその施設に専門学校の学生が実習に来ていて担当の義肢装具士から紹介された。

 

自分と同じく約2週間程度の実習で、自己紹介をしてくれた。

「学生の沖野敦郎といいます。よろしくお願いします。」

 

そう自分をパラリンピックの道に導いてくれたのが彼だった。

同い年ということもあり実習中も気さくに接してくれた。

 

 

談話室のTVでは世界陸上のパリ大会が流れ、末續選手が200mで銅メダルを獲得した。

 

その時、沖野君が自分も大学まで陸上をやっていて義肢装具士になるキッカケを話してくれた。それはTVで初めて観たパラリンピックに感動し、義足や装具をつけて走る選手のサポートをしたいと話してくれた。

 

その時初めて障害者でも走ったりできるんだと知った。

 

小さい頃から走ることは好きでそこそこ速い子供だったので気分転換にやってみよう。と軽い気持ちで初めて障害者の陸上クラブに参加した。

 

そこには約20名ほどの障害者が集まっていて雑談していた。徐々に周りが義足を脱ぎ始めスポーツ用義足に履き替え走っていた。 

 

衝撃的な光景だった。

 

人前で義足を取ることなど考えもしなかったからだった。

 

でも、普通に義足を外しスポーツ用義足に履き替えてそのまま颯爽と走っていた。

今まで隠して生活していたことが何だったんだろう?と思ってしまった。

 

自分で義足を特別扱いして見せてはいけない物みたいに勝手に思い込んでいたのだった。 

 

その場にいたある人物が自分に丁寧にスポーツ義足の使い方や走り方を教えてくれた。フォームも綺麗で力強い走り義足でもこんなに綺麗に走れるんだと衝撃たっだ。

 

そこから自分の第二の人生が始まったと思うくらい陸上にのめり込んだ。

コンプレックスも一気に吹っ飛んだ。

 

隠していることや周りの目を気にしていることが逆に障害者を世間から遠ざけているように思い、変な言い方だが、普通に生活するようになった。

 

もし沖野君に出会っていなければ、

もし障害者陸上クラブに行っていなかったら、

今の自分はないだろうし、ずっとコンプレックスを抱えたまま一生を終えるのだろう。

 

自分は義足で走った事によって人生が180度変わった。

 

 

自分と同じように障害者になった事で「駄目だ出来ない」と思ってほしくはない。

だから自分は今でも走り、これから義足生活を始める人にアドバイスを送っている。

 

今回のプロジェクトである「義足の図書館」

 

スポーツ用義足は、1本30万~50万と相当高価な物でいきなり購入できる物でもないし、特に子供や学生にそんな資金はない。

 

しかし、靴屋でサイズを色々出してもらい試し履きやフィッティングなどするように義足でも色々な種類のスポーツ用義足をその場で履いて試し履き出来たらどうだろう。

 

そのまま、トラックに出て走ってみてはどうだろう。

そのまま趣味や競技にしてみてはどうだろう。

 

色々な道に広がる事はまちがいない。

 

特別扱いではなくただ一緒に楽しみたい。 

自分と同じように人生を楽しく過ごせるようになってほしい、パラリンピックを目指して欲しい、そう思っています。

 

みなさん、応援どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

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