大島かぶについて

 

語り尽くせない大島かぶの魅力ですが、少しでも皆様にも伝わるようまとめましたので、ぜひご覧ください。

 

大島を救う「奇跡の大島かぶ」ヨーロッパカブ(アメリカではルタバカ)

 

2009年、気仙沼・本吉地区高校PTA研修会で、このかぶの種の継承事業を発表したら、県立響高校伊澤教員から栽培したいので種が欲しいという要望があり、早速栽培し同校の農業クラブがこの種の継承事業発表会を大島で開催した。響高校の調査でこのカブはアメリカではルタバカと言い、ヨーロッパではシチューなどで普段に食されている作物であることが判明、ルーツが解明された。

 

2013年2日目のかぶの調査で来島された井村礼恵鶴川響高校女子短期大学専任講師から、青葉高著「野菜」(法政大学出版会)という本を戴き学問的根拠が得られました。文献は少なく17世紀チェコのボヘミヤ地方で栽培されていたとう記録があり、冷涼な気候に合うため北欧やアメリカに普及しヨーロッパカブ、アメリカではルタバカとも呼ばれています。原産地は地中海やアフガニスタンの山岳地帯という説があり、キャベツとカブの掛け合わせ、アブラナの突然変異とも言われています。
青森、岩手の三陸沿岸、気仙沼地区でも広く栽培されていたようです。 


約30年間矢越地区で栽培を止めていましたが、村おこしのため1996年大島から種が渡り栽培が復活しました。東北ではこのかぶを栽培していたのは大島だけになっていました。郷土史家は江戸時代、大島の飢餓を救ったのはこのかぶも一因と言います。これが正しければ江戸時代から栽培されていたことになります。当時はヤマセが吹くと米は不作になり、多くの餓死者が でました。

 

田んぼが少ない大島は益々米が不足したと思われます。しかし冷涼な夏に合うこのかぶは、米と歯反対に豊作だったのです。かぶや雑穀、海藻を混ぜた「カデメシ」で命をつないだのではないでしょうか。江頭教授と大学院生が大島かぶの耐塩性や耐乾燥性、抗酸化能などについて研究しています。


豊かな時代になり小豆や粟を入れた蒸かしご飯(カブ蒸かし)と“コンブが入ったお煮染め”は、お祝い事の定番料理でした。当時は砂糖が高価で甘のあるこのカブはお菓子変わりで貴重な作物でした。島民はこのカブと共に慶びを分かち合い恩を感じ、代々栽培してきたと想像できます。いつ渡来したか不明ですが、ヨーロッパを旅立ち日本へ、そしてまた海を渡り大島にたどり着いたのです。2005年から大島宝島委員会はこの種の継承事業を開始し、種や苗を配り主催するイベントで漁協女性部、熊谷すん子氏などから“カブ蒸かし“を作って戴き振る舞っています。


2年後、大島に橋が架かるので「気仙沼・大島みらい創り協議会」を立ち上げ、島の魅力や価値を高めるためこのかぶの「大島カリー」、パエリア、カプチーノ仕立てのスープ、デザート、菓子などを開発しています。江戸時代飢餓から救ったこのかぶで新たな食文化を創造し、島の観光の再生に立ち上がっています。このかぶの長い旅路を想うと同じ旅人として畏敬の念が湧いてくるとともに、ヨーロッパと大島の交流・交易や作物と人の関わりの歴史について今後も研究を続けたいと思います。

 

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