仙台空港到着後、閖上朝市へ。

 

食事を待つ間、たまたまメープル館で案内をされていたカナダ人ボランティアの方と日本語英語交えての国際交流に。皆の顔が少しづつ緩んできました。

 

 

腹ごしらえした後、日和山へ移動し、閖上語り部の方のお話を聴きました。

お話して下さるのは、自らも両親を津波で失い「閖上復興だより」を発行し続けている格井直光さんです。

 

 

その当時の様子をその場で聴く、その臨場感に津波の恐ろしさや逃げることの大切さ、その後の苦難、復興の遅さなどを、じっくり感じることができました。

やはりテレビなどで見聞きするのとは全く違い、心にしっかり響きました。

いまは何もないこの土地に、多くの家が連なっていたこと、逃げずに亡くなった方や、格井さんのお父さんのように被害を少なくしようと水門を閉めるために尽力しながら流された人、避難場所で励ましあって過ごした人、さまざま想いに寄り添うことができた1時間でした。

 

その後、市内の寿司店に移動し、名取市の中学生と先生、名取ハマボウフウの会の方との交流会を行いました。

 

ようやく冷房の効いた室内で落ち着いて美味しい料理をいただいて、少しづつ打ち解けていきました。

 

宴もたけなわ、石狩中学校の仲間たちからのメッセージが読み上げられ、名取第一中学校の生徒に手渡されました。

 

 

被災した閖上中学校の生徒は今回は諸事情で参加できませんでしたが、教頭先生にしっかり受け止めていただきました。次回は閖上中学校の生徒も参加できるといいですね。

 

参加者全員のそれぞれの想いを話してもらい、交流は進みます。

 

翌日の植栽会で掲揚する「黄色いハンカチ」にメッセージを書いて交換したころには、すっかり友だちになった生徒たちの笑い声に、将来への希望と、活動の大切さを感じました。

 

 

終了後、宿泊させていただいた閖上の方々が暮らす「植松入生仮設住宅」の集会所に移動、近くのスーパー銭湯で汗を流した後、冷房を入れてもらってお話を聴き、ゆったりと過ごしました。

 

翌日の海辺の炎天下での植栽作業に備え、ゆっくりと睡眠を。

とはいえ、交流は深夜へと。。。

 

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