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支援総額
目標金額 1,100,000円
- 支援者
- 0人
- 募集終了日
- 2021年5月10日
(下)『ゴトビキ岩大権現さま』。その4。「写真週刊誌」
母のクローゼットの中には手提げ金庫が置かれている。そこには伯母さんが言った母が守ってきた我家の財産が保管されているに違いない。母なら家の登記書や権利書、預金や有価証券などを一つにまとめている。借金があるなら此処にあるはず。
七年前に母は父名儀の財産を受け継いだ。
「のぞみには父さんが残した財産の半分を相続する権利がある。財産の最大は家の土地価格。建屋は一年に五%ずつ価値が減る。それでゼロではないけれど評価額は極小。土地と家の名義を私との共有持分する方法もある。どうする」
「半分の権利はわたしでも知っていた。わたしは要らない。お母さんが相続するのが希望」
母はわたしの希望を聞き入れてくれた。
「いろいろ考えて家と土地の名儀を変えなかった。株券も。変えると費用がかかる。手続きも面倒。私が管理していれば何も問題は起こらない。ローンは終わっているし固定資産税の通知は我家に郵送されてくる。株は売らないと決めているから変えなかかった。これだけは覚えておいて。私が死んだら、のぞみ、こう云う訳にはゆかなくなるからね」と母は全ての相続の処理が終ると言った。
金庫に納められていたのは財産を示す書面書証。これらはクリップで綴じられ、預金通帳と有価証券は登録印と一緒に袋に入れられていた。わたしはそれらを一覧表に書いた。
■土地六〇坪(五一、八万円坪単価)…三一〇八万円
■建屋(木造・築二五年・二階建・総床面積五二坪…固定資産税評価額二〇〇
万円)
■私名儀の定額預金(郵貯)…一〇〇〇万円(父からの相続)
■同じく(横浜銀行の定期)…五〇〇万円(同じく父から)
■一〇〇〇万円母名儀の郵貯定額預金と残額五〇〇万円の普通預金
■母名義の銀行普通預金(横浜銀行)…五三〇万円
■簡保の保険証書 ①死亡保険金一〇〇〇万円
②入院給付金(一日一五〇〇〇円/九〇日限
■父名義の株券(トヨタ・ホンダ・スズキ各三〇〇株…購入時六、一三四、九
〇〇円)
計 七四五一万円
借入金もあった。十六年前だった。
横浜銀行から五〇〇万円(土地家屋担保・年利六%・一〇年返済)。恐らく株を買った時の資金。父の退職金で完済したのだと思う。家のローンも退職金で完済。
これは母から聞いていた。こうして財産を一覧表に書くと我家の歴史が詰まっている。私名儀の預金の日付けは父が亡くなる直前だった。母が私名儀に移し替えたのだ。ネットでトヨタ・ホンダ・スズキの株価を調べた。三社の三〇〇株ずつの現在価格は合計で四三五万円ほど。含み損は一七八万円強。母の悩みの全貌が明らかになった。横浜銀行からの借り入れは株価の上昇が前提。父は株価の上昇を母への説得に用いたのだろう。母の後悔は説得に応じてしまった先見の無さからだった。
わたしは速攻での処分を決めた。
金庫に入っていなかった父の財産もあった。茶器と香道具。それと骨董。壺が一〇品・掛け軸は七品。これは父が贔屓にしていた骨董店に引き取ってもらう。これらの一七品の価値については調べようがない。わたしの周囲には骨董の目利きは居ない。
母の生活ぶりも分かった。固定資産税は約四六万円。国保が年間一八万円。簡保の月々の支払いは一万七千円。収入は寡婦年金が年額一五六万円。パートの手取りは十二万五千円余り。父の退職を境に母は勤務時間を延ばしていた。その他には僅かな株主配当。
母は年間三〇〇万円で生活していた。年間に八四万円の決まった支払いの下では多いとは云えない。それでも普通預金通帳には月々の預金が印字されていた。相続税の非課税限度額は六千万円。私名儀の定額と定期預金は相続の対象にならない。それらを合計から差し引くと五九五一万円。
余りにも見事な母の采配にわたしは大きな嘆息をついてしまった。
金庫の底には一冊の写真週刊誌が二つに折られ敷かれていた。奇異だった。底に敷く台紙なら厚紙とか、西洋紙が相応しい。ふた昔前なら古新聞を用いる。おまけにその冊子には母が時おり検診を受け、入院し、息を引き取った病院のゴム印が押されていた。発行日が二年半前。奇異と云うより不可解。
中ほどのページに付箋が貼られていた。
何らかの意図が母にある。
この号の特集は『歳末助け合い』。付箋の先は『今年も炊き出し。愛隣地区の年の瀬』。毎年恒例のボランティアの炊き出しに群がるホームレスと思しき人たち。女性は居ない。年末年始には仕事がなくなり、その間に路上で亡くなる人は一〇人は下らないらしい。
眼を疑った。
付箋の処にReiを見つけた。
ダンディなReiとは別人だったけれどReiだった。
白いタオルを頭にかぶりグレーの繋ぎの作業服の上にクタクタになった紺のジャンバー。風采が上がらず、うらぶれていてもReiだった。愛隣地区の白黒の景色に溶け込み、違和感がまったくReiから感じ取れない。眼がくぼみ頬がこけている。けれども眼の力は喪っていない。堂々と前を見つめ発泡スチロールの器を左手に持ち、豚汁を右手の割り箸で口に運んでいる。Reiがどうして此処に…。
Reiが言った「無様な姿を曝け出したくない」。
それがこれ。
わたしには言えない言いたくない修羅場の末の愛隣地区。
わたしに心を閉ざしたReiの訳がこれ。
Reiの突進力は規格外。「不合理ゆえに我信ず」と言った猛進に近い。そうなると誰からも共感されない。「良い仕事をしたい」とReiは常々言っていた。他者からの共感なくして良い仕事は成し遂げられないのでは…。これはわたしがReiに初めて抱いた批判めいた感触。これを伝えると「君の言う通り。でも俺は他のやり方を知らない。これが俺の限界なのかも…」と寂しそうに笑った。
わたしの実感は正しかった。要するにReiは無謀。わたしを切り捨てたのも無謀。Reiは今を意に介していないかも知れない。潜伏して爪を研ぎ、力を蓄える期間。そう位置付けているかのような眼の力だった。しかし愛隣地区に暮すとは再起の道を閉ざしてしまう。Reiの社会的死を意味する。愛隣地区での暮らしはホームレスの一歩手前。わたしとReiの時間。その終りの顛末がグルグル廻る。
やはり有無を言わずにサッポロへ突撃すれば良かった…。
Reiもわたしも以前とは違う。
Reiは「君に相応しい男になりたい。けれど…」。
ある意味、わたしの今はReiのお陰かも知れない。もの書きに向いている最初の発見者はReiだった。自分と向き合えたのがスペインの人たちとバスクの人たち。Reiとの縁がまだ残っている。頼り気のない蜘の糸のようであっても確かに繋がっている。繋がっていないのであれば奇跡とも思える偶然への説明がつかない。
わたしはコンビニのコピーでReiの写真を複写した。拡大したり縮小したりして何枚も。母は検査の合間とかの待ち時間にこの写真週刊誌を手にしたのだと思う。それをわたしに知らせず金庫の底に封じ込めた。何時かわたしが金庫を開ける。その時までの封印。わたしの心をかき乱さぬ配慮。既にわたしの心は乱れに乱れている。
Reiに今のわたしを見て欲しい。Reiの今までを知りたい。
「俺は浮き沈みの激しい人生を送ってきた。それも浮き上がっているよりも、沈み込んでいる時間の方が圧倒的に長い」と言ったReiの今は誰が見ても沈み込んでいる。これ以上沈まないほどに沈み込んでいる。そうであるならReiは必ず浮き上がってくる。今度はそれを見届けたい。
リターン
5,000円
応援してくれた方には直ちに感謝のメールを送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。
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- 2021年7月
10,000円
10000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせてもらいます。
『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』(圧縮ワープロ原稿)を添付メールで送ります。
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- 2021年7月
15,000円
15000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせて頂きます。
『どうせ死ぬなら恋してから』の書籍を郵送します。それと拙著の『未来探検隊』『スパニッシュダンス(上)(下)』をワープロ圧縮原稿を添付メールで送信します。
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- 200
- 発送完了予定月
- 2021年7月
20,000円
20000円の方へ。御礼と感謝のメールを直ちに送らせて頂きます。
『どうせ死ぬなら恋してから(上)(下)』の書籍を郵送します。次に『未来探検隊』『スパニッシュダンス(上)(下)』『』アンダルシアの木洩れ日』のワープロ圧縮原稿を添付メールで送ります。
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- 0人
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- 200
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- 2021年7月