「いわき放射能市民測定室」は愛称を「たらちね」といいます。

なぜ、愛称が「たらちね」なのか?それは、私たちの活動の動機と目的がそこにあったからです。

2011年3月11日に地震・津波・原発の事故が起きて、私たちは放射能汚染という、これまで体験したことのない恐怖に襲われました。

息を吸うのも、雨に濡れるのも、食べ物を口にするのも、それがいいのか悪いのか疑心暗鬼の闇の中に陥りました。

そんな中、進む道に迷った私たちを前進させた光は子どもたちでした。

「子どもを守らなければならない。」そんな気持ちを持ったお母さんたちが集まり測定の活動が始まりました。

測定室の準備を進める中で、私たちは「たらちね」に出会いました。

それは、母が子どもを産み育て、やがて今へと続く縄文からの贈り物でした。

一枚の母と子の縄文土偶の写真です。

この写真は、赤ん坊にお乳を与える母親と、妊婦の土偶です。

土偶は、その時代、神事にもちいたり、また芸術として存在した「特別なもの」だといわれています。

1万年前の縄文の人々が、その時、何を思い、何を大切に守って生きたのか、その「特別なもの」の一枚の写真が教えてくれました。

私たちの地域には多くの縄文遺跡が残っています。

その同じ大地で、私たちは古代の母たちと同じように子育てをしながら生きています。

自分たちにとって何が大切なのか、何を見つめるべきなのか、その写真に出会って改めて確信をすることになりました。

1万年経っても変わらない子どもへの思いと願いです。

「たらちねの母」は古代・母系家族だったころから子どもを守り育ててきた強い母だと私たちは感じています。

放射能汚染で混乱した今、目の前にいる子どもを守り、無事に成長させるために「強い母権」をもって測定をしなければならないと決めました。

そして愛称を「たらちね」としました。

事故か5年が過ぎましたが、これから先、まだまだ先の見えない状態が続くと思います。

それでも、私たちが前に進むことができるのは、大切な子どもたちがいるからです。

私たちが1万年も前から、無意識のうちに守ってきたものを手放すことのないよう、どうか力を合わせ、ともに進んでいただきますよう、お願いいたします。

 

 

 

 

 

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