プロジェクト概要

 


広島で被爆した

江川政一さんの" 記憶 "を

アニメーション監督 宇井孝司さんと共に

アニメーション制作したい



みなさんはじめまして、岩本麻奈未です。
私は2年前、20歳の時。はじめて原子爆弾の“ 被ばく者 ”の方と出会いました。はじめてお会いしたときは、すごく遠い存在のように感じました。ですが、被ばく者の方々とともに約3〜4ヶ月のあいだ、一緒に生活する機会に恵まれ、次第にわたしの中で変化がありました。

 

それは被ばく者の方が" 大切な人 "に変わったことです。

 

そんな気持ちがわたしを動かし、今までの活動に大きく繋がっていきました。

 

被ばく者の方々の話を聞いてみると、原爆の記憶があまりにも恐ろしことや、被ばく者(外国人含む)全員が「伝染病だからうつる」、「化け物だ」など言われ、結婚や就職ができないなどの、いじめや差別にあっており、被ばくを隠して暮らすしかありませんでした。

 

ある日、被ばく者の方と一緒に夕暮を見た時、「広島が燃えているのを思い出す」といって、辛そうな顔で泣いていました。他にも、魚屋さんの前で魚の生臭い臭いがすると、「人が腐った臭いを思い出して、記憶が蘇るんだよね。あのときはもっと酷い臭いだった、、。」といって当時を思い出しているようでした。


あのときの" 記憶 " は被ばく者のかたの頭のなかに残っています。


" 記憶 "とは、具現化したものではなく、目に見えず、生命のない、いつかは消えてしまうものです。ですが、被ばく者のかたが、生きている間は " 記憶 " は頭の中から消えません。
 

私はその " 記憶 " を、次の世代の私たちにとって、

生き続けるために必要なメッセージと考えています。


なので、私たちは、決してその" 記憶 "を失ってはいけません。

 

 そこで今回、被ばく者のひとり “ 江川政一(李鐘根)さん ”の当時の" 記憶 "を元に、アニメーション監督 宇井孝司さんと共にアニメーションを制作し、小中高大学や公共施設、または可能な限りどんな場所でも、スクリーンにアニメを上映し、本人に直接お話しをしてもらおうと考えています。

 
子供たちにとって、原爆の証言を理解することは難しいことだと思います。
また証言される被ばく者の方々の平均年齢が、81歳を越え、証言すること自体が難しくなっています。

 

なので、その原爆の " 記憶 " を 子供たちでも見やすく理解しやすいアニメーションとして、

命を宿し、これから先の未来へと継承していきたいと思います。

 

 また、いま世界中でいじめや差別が多発しています。日本でも原発問題により福島いじめに繋がったり、それ以外にも毎年、18歳以下の多くの子どもたちがいじめや差別により自殺に追い込まれています。こうした問題にもこのアニメーションが必ず力になると信じています。
 
しかし、そのためには、アニメーション制作費用や上映費用として270万円が必要です。
日本に住む ひとりひとりの力が 必要です。
みなさま、どうかご協力していただけないでしょうか。

 

広島で16歳の時に被爆した 李 鐘根さん

 


広島で16歳の時に被ばくした “江川政一さん”


 

“ 江川政一 “ というお名前は、本当の名前ではありません。本名は、『李鐘根(イ・ヂョングン)』と言い、朝鮮半島から日本に渡った両親のもとに島根県に生まれた在日韓国人二世です。

 

李鐘根さんは、 原爆により大やけどして 約1ヶ月間 生死の境をさまよいました。大やけどした部分から、うじがわき、生きている体に蛆が動きまわるというような考えられない状況。

 

 そんな息子の姿に耐えられず、李鐘根さんのお母さんは

 


「 早う死ね。

このまま生きても

とてもみなさんと同じような生活は

できないだろうし、

その顔ではどこに行っても、

使ってくれる人はいないだろうし。

できるなら早く死んで、早く楽になれ。」


 

と、言って涙をポタポタと流し 一緒に泣きました。

李鐘根さんの頬に落ちる母の涙のぬくもりを、今でも忘れられないと言います。

 

「 あんなに惨めだった自分のことを、

 他人に知られたくなくて 」

 

李鐘根さんは、そんな思いで自身の被爆体験と本名をずっと隠してきました。

 

「被ばくしたなんて恥だった」と、妻と3人の娘にも、被ばく者だということを長年明かすことはありませんでした。そんな李鐘根さんの考えが変わったのは、2012年。NGO団体PEACE BOATが企画する『ヒバクシャ地球一周・証言の航海』に参加され世界約20ヵ国で被爆証言をしたことがキッカケでした。米国では「戦争を終わらせるために原爆が必要だった」という考えが浸透し、北欧や東南アジアでは広島で原爆が使われた歴史が知られていませんでした。

 

「被ばく者の苦しみはなんだったんだろう」

 

核兵器の脅威を伝えるため、全てをさらそうと李鐘根さんは決めました。

 
自宅の花に 水やりをする 李 鐘根さん

 


 「私は韓国人ですから。

自分の立場から伝えられることがあるかもしれない」


 

李鐘根さんは、在日韓国人二世だということで差別やいじめを受けていました。 私たちは、過去にそういうことがあったという事実を知って、“差別といじめ” についても重要な問題として考える必要があるのではないかと感じます。

 

李鐘根さんが本名と被爆体験のことを 口閉ざしてしまっていたのには、言葉にできないほどの大きな心の傷を受けました。

 

被ばくと、差別という“二重の苦しみ”。

そして被ばく後に受ける差別と、人種差別の“二重の苦しみ”。

 

“韓国人”だと知られてしまうと就職できないので、自分のルーツを隠して生きていかなければなりませんでした。知らない人たちに急におしっこをかけられたりもしました。日本にいると「韓国人!」と差別を受けて。韓国に帰れば、「半分日本人!」と差別を受けました。自身の経験をお話しされているときも途中で「反日だ!」と言われてしまいます。

 


 しかし、李鐘根さんは

自分に対して非難する方々の

悪口を一切口にしません。


 

日本で住んでいてたくさん差別やいじめを受けていたにもかかわらず、日本人の私に対してとても親しく優しく愛を持って、大切に接してくれます。そんな李鐘根さんの衝撃的な被ばく証言に思わず、涙があふれて止まらなくて、とっても悲しくなりました。

 

当時、李鐘根さんに対して日本人が行ってしまった行為を、わたしは日本人として何と声をかければいいのか迷いました。しかし、すぐに自分の頭のなかにあった答えに気付きました。

 

それは、心から李鐘根さんが今生きていて、

私の前に居てくれていることに とても感謝したことです。

 

李さんが受けた辛い経験は、決して記憶から消えることはありません。

ですが、日本人であるわたしたちが、李鐘根さんの過去の苦しみをしることはできる。

 

この問題は、とても根深くいろいろな考え方や思想があると思います。戦時中 韓国人に対して行ってしまった日本人の人種差別の実態を伝える!!ということではありません。事実、現在ではアジア諸国における残留日本人(2世含む)もいじめや差別を受けています。


ですが、これは人種の違いが問題ではなく、一人ひとりの考え方の問題だと思います。

 

人種は違うけれど、人種によらずとも、いじめや差別は起きています。

 

レントゲンを撮って、見比べていただくとわかると思いますが、

私たちは何も変わらないおなじ人間です。差別する必要はないのではないでしょうか。

 

わたしたちは李さんの話をきっかけに「では、どうすれば差別やいじめをなくすことができるのか、何ができるのか」を一緒に考えていくことができるではないかと言うことです。

 

若者と楽しく談話する 李鐘根さん

 

もう過去は変えられないから、事実を知って 何ができるかを一緒に考えたい。

それは日本人、韓国人とか人種が違うからではなく、同じ地球に住む ひとりの人間としてです。

 

李鐘根さんのお話は、地球に住むひとりひとりの問題に直面することです。そのことを今までひとりで訴えかけてきた李鐘根さんを、私たちが、それぞれできることで協力することができます。

 

そこで私は、親しい関係であった『タッチ』『ジャングル大帝』などを手がけるアニメーション監督 宇井孝司さん にその旨を伝えたところ「是非、一緒にやろう!」と賛同して頂き、この企画が立ち上がりました。アニメーション完成後は、小中高大学や公共施設、または可能な限りどんな場所でもアニメを上演しながら本人に直接おはなししてもらうことを考えております。

  

なぜ、アニメーションでなければならないのか。animation(アニメーション)とは、生命のない動かないものに命を与えて動かすことを意味します。

 

被ばく者の方々があの当時、自分の目でみた景色、惨状というものは“記憶”として、被ばく者の方々の頭のなかに残っています。その記憶とは、具現化したものではなく目にみえず、生命のない、いつかは消えてしまうものです。その 頭のなかに眠る“記憶”を、絵として具現化し“命”を与え、当時を知らないわたしたちの目に見えるようにアニメーションとして “ 記憶 ” を、“ 形 ” に残したい。 日本からはじまったアニメーションで、日本で起きた問題を継承すること。 そして、このプロジェクトから、日本国内のアーティストや、アーティストに限らず、自分たちのできることで被ばく者の" 記憶 " を継承することに繋がるようにと願っています。

 

※左 宇井孝司さん 
※右 イメージ 画像( 2015年制作 クレイアニメ 廣中正樹被爆体験記『父子の別れ』)

 


 日本で起きた問題なのに「日本の」ではなく、

「広島・長崎の」問題として捉えられていると感じます 


 

私、岩本 麻奈未の出身地は「 大阪府堺市 」です。親戚に被爆者は居ません。私が通っていた母校では " 広島・長崎、8月6日・8月9日、原子爆弾 " はテストに出るから勉強すると言ったものでした。

 

今回 プロジェクトをはじめる前に必要な資金を集めるために大阪府や堺市の市役所などへ電話で問い合わせ助成金など行っていないかなど直接お話ししに行きました。

 

しかし、大阪府 や 堺市の市役所からは、『 ” 平和 ” をテーマにした企画での助成金は行っていません。』核兵器・原子爆弾・被ばく者・継承などのテーマは大阪府として関連していないので難しいと思います。と有力な情報を得ることができませんでした。

 

市役所で断られたあとに外にでると、

「非核平和宣言都市」「守ろう人権 許すな差別 」と書かれたオブジェや碑石がありました。

 

言葉ではなんとでも言えます。

でも、一つでも行動に移すことに意味があると私は信じています。

 

※左 堺市役所を出たところにある碑石
※右  堺市役所 の前にある『非核平和宣言都市』のオブジェ  

 

被ばく者の李鐘根さんと共にアニメーション完成後、まずはじめに、私の出身である大阪府堺市、そして 私の母校から証言活動をはじめていきたいと思います。大阪府から近畿地方、近畿地方から日本国内、そして世界各国へと新しい継承方法がメディアを通じて広まるように行動に移していこうと決意しました。


広島・長崎に縁がなかった私が、被ばく者と出会ったことで様々な活動につながり今のプロジェクトがあります。命を宿して動くアニメーションと共にこの作品に込められた李鐘根さんの思いを、「広島・長崎」ではなく この地球に住む " ひとりひとり "が感じ、行動する人へと変わっていくように。次の地域へ、次の人へと繋がってほしいと言う願いを込めて。

 

 「 非核平和宣言都市 」

 

 そのオブジェがある、大阪府堺市から始めること。

そしてその堺市に産まれた、広島、長崎生まれでない私がはじめることに重要な意味があると思うからです。

 

 


■あらすじ【冒頭抜粋】

 

『被爆したのは日本人だけではなく、外国人の被爆者も大勢いた』


1945年8月6日の朝、当時16歳。突然、黄色みがかった光線が走る。その光は2~3秒間漂い、 光の中で目前の家が浮いて見えたことを覚えている。

 

爆撃を受けたら目と鼻と耳を指でふさいで地面に伏せる訓練を受けていたため、私はその場に伏せる。しばらくたって顔を上げてみると、朝8時過ぎだったのにもかかわらず、暗夜のように真っ暗だった。そこは爆心地から約2kmの地点だった・・

 


■作品概要

 

「 あの夏 忘れない 」私の被爆体験


●監督・脚本:宇井孝司 「タッチ」「ジャングル大帝」
●アニメーション制作:宇井孝司&岩本麻奈未
●公開スケジュール

 脚本制作        2016年 10月〜 10月末
 絵コンテ制作      2016年 11月〜 11月末
 作画          2016年 12月〜 12月末
 CG制作           2017年 1月〜 2月末
 リハーサル           2017年 3月〜 3月末

 証言会を実施      2017年 4月〜

 


■必要資金について

 

・脚本、画コンテ作成           200,000円
・映像演出                200,000円
・作画                  300,000円
・CG制作                      300,000円
・絵はがき等制作                50,000円
・上演(3回 )会場費等        600,000円
・上演時出演料(語り手、奏者等   200,000円
・上演操作                           50,000円
・李鐘根さん滞在・移動費など          80,000円
・機材レンタル代                                      20,000円
・試写会 会場費                                      200,000円
・READYFOR手数料等         500,000円

 


 

2015年広島 帽子を被っている方が 李鐘根さん

 

 主催者 

【岩本麻奈未 活動経歴 】

 

■ 2014年 8月

広島・長崎の原子爆弾の惨禍を”次世代の継承”をテーマに20代の若者ら約100名を巻き込んで映像作品を制作。(https://youtu.be/GxjPAN8yCCI)

(企画に参加した約100名の若者と広島・長崎の被爆者の方々) 

 

 ■2015年 4月

外務省からユース非核特使の委嘱

広島・長崎の被爆者8名と共に世界25カ所の都市で小学校〜大学生までの学生、親や教師、そして市長の方々やNGO関係者、大統領や大臣などへ証言活動を行いました。

(核保有国を含め25カ国で証言活動を行いました)

 

■2015年 8月15日 14:00〜放送された TBS・MBS「世界ウルルン滞在記」にて、おりづるプロジェクト活動が紹介されました。俳優 東ちづるさんがフランスでの証言に同行され、その様子がテレビで放送されました。

 

105日の旅を描いた
記録ドキュメンタリー映像

 

https://vimeo.com/137809836  

 

I Was Her Age / 過去と今の対話
制作・監修  : Emma bagott
製作 :  PEACE BOAT 、平和首長会議 2020ビジョンキャンペーン
時間 : 33分

 

■ 2015年 7月

「salon企画 クレイアニメーション制作」というプロジェクトを立ち上げ、被爆者と直接お会いするのが初めてだという芸術に触れたことのない10代〜20代の若者8名をメンバーに、広島で被爆した廣中正樹さん(当時6歳)の実体験を1ヶ月間クレイアニメーション制作。その後、廣中正樹さんが証言する後ろにアニメーションを同時上映しました。(https://www.youtube.com/watch?v=yoE9aJU9SKk

 

   廣中正樹 被爆体験  『父子の別れ』

 

■2015年7月

長崎の被爆者である森田博満さん・三田村シズ子さんの証言原稿や詩をもとに、「ながさきの唄」を作詞作曲。(https://www.youtube.com/watch?v=xs7ycBn9d6c

 

 

 ユース非核特使責務終え帰国後

■2015年 8月

日本終戦70周年を機に国際社会問題をテーマに20代のアーティストと共に美術展「まるのなか」を京都、東京で開催。

朝日新聞掲載

 

目に見えない放射線を可視化するプロジェクト  
加賀谷雅道さんの『放射線像』も参加して頂きました

 

 

【宇井孝司作品歴】 

 

・アニメーション作品 
「ジャングル大帝(TVシリーズ)」

「葉っぱのフレディ~いのちの旅」

「たれぱんだ」

「ゼノ かぎりなき愛に」

「平和交響曲』などの脚本・監督 
「リトルマーメイド(TVシリーズ)」のシリーズディレクター
「ななみちゃん」アニメーション監督
「グスコーブドリの伝記」

「シトラスタウン(ポンキッキ内の短編シリーズ)」など監督
「タッチ」(演出、演出助手)
「あらしの夜に」(監督補)等々

 

・音声ドラマ作品
「ゼルマの詩集」(脚本・演出)
「銀河鉄道の夜」

「星の王子様」

「山月記」(演出)など

 

・舞台作品 
「テレジンの月」

「陽だまりの樹」など(戯曲)
「星の十字軍」

「彗星物語」など(作・演出)

 

・音楽作品 
「東京フィルハーモニー子供音楽館」

「サントリーホール オルガン探検隊」などのコンサートの脚本・演出 
オペラ『小鶴』(作・演出)「鬼八」(演出)など

 

・音楽朗読劇

「ダヤンのアベコベアの月」

「天使の羽根の降った街」

「名護の未来の物語」(作・演出)など 

 

・朗読劇
「風に立つライオン」

「東京スタンピード」(構成・演出)など

 

・実写作品 
「校歌の卒業式」(脚本・監督)など

 

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【アニメーション映画監督 宇井孝司さんからのコメント】

 

『この企画は……』


これは創らねばならない企画だ。話を聞いてすぐにそう思いました。戦争に反対し、核に反対し、平和への道を進もうとする事は当然の事だと思っていました。けれど、今の日本は違う道を進み始めてしまっています。
 
被曝された方々が、その経験を話す。僕はその勇気と決意と覚悟に打ちのめされます。僕は微力だけれど、全力でその行動に寄り添わせてもらいたいと思います。協力などと思い上がった事は思えません。

 

しかし、今までアニメーションや舞台などの演出をさせてもらって来た人間として全力を尽くして寄り添わせていただきたい。李さんの語りには他の何者も必要としない力、重さがあります。ですから、アニメーションを加える事に何の意味があるのか。

 

そう自問しました。創らねばとすぐに思ったのに、答えのでない日々が続きました。そして、こう思うようになりました。僕は、李さんの行動への感謝と応援として、そして平和への祈りと誓いとしてアニメーションを添えさせていただこうと。


李さんの言葉を聞いた多くの人がおそらく思う気持ちと同じようにアニメーションにしようと。たとえ不要であっても、決意の表明として創ろうと思いました。
 
みなさんと共に
この作品を創れる事に感謝しています!

 

 

 

【リターンについて】

 

■3,000円
・お礼のメール

 

■10,000円
・お礼のメール
・アニメーションのタイトルにお名前を掲載させて頂きます

 

■50,000円
・お礼のメール
・アニメーションのタイトルにお名前を掲載させて頂きます
・アニメーション完成後、試写会(上演)へのご招待券 ※交通費は支援者様にご負担いただきます。

 

■100,000円
・お礼のメール
・アニメーションのタイトルにお名前を掲載させて頂きます
・アニメーション完成後、試写会(上演)へのご招待券 
※交通費は支援者様にご負担いただきます。
・アニメーション監督 宇井孝司さんのサイン