この日はフランス人に紙芝居を普及する紙芝居講座の日だ。実施は午後から、そこで午前中は急ぎ足でリヨンの町を散策することとした。リヨンは原発から30km、フルヴィエールの丘の上に上がれば見えるとのこと。それは行かざるえまいとのことで地下鉄とケーブルカーを乗り継ぎむかった。

たどり着いた時間はちょうどフルヴィエール寺院ではミサの真っ最中。荘厳な雰囲気のなか、首部をたれた。その神妙な態度が幸いしたのだろう、神は微笑み奇跡を見せてくれた。

ミサをこっそり抜け出し(神妙?)、まちの全貌を見るべく展望台にたったときである。あいにくの曇り空の中、原発がどっちの方向にあるのか知らない我々に30km先の原発が見つけ出せるはずもなく、双眼鏡を覗いては「あれじゃないか」「あれ送電線じゃない?」をくりかえすばかりで答えを出せないでいた。

あきらめて記念写真を撮り、丘を後にしようとしたとき一人のジョギング中の男性が「シャッターを押しましょうか」と流暢な日本語で語りかけてくる。一瞬ガイドブックに良く乗っている日本人をカモにする「詐欺師か?」と身構えたが、その優しそうな風貌に魅せられた女性陣は一も二もなく「おねがいしま~す」と黄色い声で答える。

やれやれと思ったが本当に好い人らしい。それならと原発について聞いてみた。その答えにビックリ、なっななんと、その人は原発で働く研究者だったのだ。

日本の原発避難者とフランスの原発技術者の出会い、これを奇跡とせずして何を奇跡という。フランスの神様、仏さまありがとうございます。

その人は東海村にもいたらしく、奥さまは日本人だという。誠実な方で一生懸命、片言の日本語で原発の安全性を説明する。それに対し絶対の安全はないと押収する浪江まち物語つたえ隊の皆さん。ちょっとした原発論争が始まるが、最後は笑顔で別れた。

午後からはいよいよ私が最も期待を寄せる紙芝居講座だ。紙芝居に出会って軽く10年は越える。作り手が不足する紙芝居業界、プロの紙芝居師のこのままでは紙芝居文化は消えるとの嘆きを聞いたのは3年前だった。その最大の原因は日本人が頑なに持つ、「紙芝居は子供のもの」「素人芸」だという固定観念だ。これではシナリオ作りにしろ絵を作るにしろ、銭がとれるような才能は集まりはしない。

才能なくして紙芝居文化の明日はない。そこで考えたのが、色のついていないフランスでの普及だ。言うまでもなくフランス人の芸術性は世界のトップレベル、紙芝居という絵と芝居、音楽によるパフォーマンスを誰も見たことのない芸術表現として見せてくれることを夢見る。

その夢を叶えるべく、八島さんの紙芝居上演を見てもらった後に懸命にその良さを話した。紙芝居に対する思いのすべてを与えられた2時間という時間で伝えようと必死だった。

当然、疲れた。疲れはてたといっていい。人前で話す機会は多い方だが口も聞けぬほど疲れたのははじめての経験だ。

でもその介あってか3人のリヨン大学の学生と1人の漫画家が紙芝居制作にチャレンジすると言ってくれた。嬉しい。

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