予兆なく命を奪う腹部大動脈瘤。臨床研究から治療法への光を見出したい

皆さんこんにちは、樺です。

9月も中旬ですが、まだ暑い日が続きますね。

今回は腹部大動脈瘤（AAA）と腸内細菌の関係、腸内細菌と中鎖脂肪酸（MCT）の関係についてのお話です。

AAAには様々な原因がありそうだということや、何か1つの原因によってできるのではなく色々な原因が重なって発症するのだろうということを、以前お話いたしました。その一つに、腸内細菌、つまり我々人間を含めた動物の腸の中に住んでいる細菌達の種類やその代謝産物（その細菌が作り出す物質）が、腸の環境やはたらきを調節したり、ひいては血管の炎症にもつながるかもしれないことが報告されています(1)。意外な観点で、新たな治療のターゲットになる可能性があるとのことで、現在研究が進められています。

最近、”腸漏れ”という言葉を良く聞きますね。これは腸の壁を構成している細胞の接着がゆるみ、腸の壁にわずかなスキマが出来ることで、腸の中にある（本来便として排泄するはずだった）有害な物質や細菌の死骸が腸の壁を通って血管の中に侵入することを指します。ちょっとしたことですぐお腹を壊す僕も、腸内の環境を良くし腸漏れを防ぐべく日々努力しています（全然治りませんけど）。

腸内細菌叢の変化と腸漏れの概念図。Front Immunol 2022 Vol. 13 Pages 946248-5より改変し引用。

多かれ少なかれ現代人は腸漏れがあるかもしれず、ということは、腸の中の環境を良くして有害物質が少なくなれば、血管に炎症が起こることも減るのではないか、というのが重要な点です。この腸内細菌とAAAの関係性は、僕もとても興味をもっています。

以前の活動報告の中で、過去AAAに試された試験薬には「抗生物質」も含まれていたことを少しお話しました。それはドキシサイクリンという抗生物質で、これはAAAの手術によって取り出した腹部大動脈の検体を培養（細菌がいたら増殖するような環境におくこと）すると、クラミジア属という細菌の一種が増える(2)ことが比較的よく見られたため、この細菌によって血管の炎症が起きているのではと考えられ、クラミジア属に効く抗生剤を使えばAAAが良くなるのでは、という仮説のもとに行われた研究でした。腸の中の悪い菌をたたくという意味でも、先ほどのヒト腸内細菌の研究とも方向性が一致している気がしますよね。ただ残念ながらドキシサイクリンは有効性は否定されてしまいました(3)。腸内細菌と血管の病気の関連は最近よく研究されていて、今後の発展が望まれる有望な分野だと思います。

では、腸内細菌と中鎖脂肪酸（MCT）はどのような関係にあるでしょうか。

動物実験レベルですが、MCTを多く食べさせたマウスでは、腸内細菌叢（腸の中にいる様々な種類の細菌のバランス）がMCTを食べさせていないマウスと比べて変化しており、腸の炎症が良くなっていたことが報告されています(4)。

誤解が生じるといけませんので書きますが、このMCTとトリカプリンは明確に異なります。確かにMCTの中にはトリカプリンが含まれますが、一般的なMCT（と書かれた食品）にはごく微量しかトリカプリンが入っていません。ほとんどがC-8（炭素が8個の）中性脂肪なのです。動物実験でみられた腸内環境の改善が、C-8によるものかC-10によるものなのかはわかりません。また、ヒトの腸内細菌叢がMCT投与によってどう変化するかは詳しくわかっていませんが、MCT投与によって、腸内環境が劣悪なヒトにおいては腸内細菌叢の変化と共に下痢症状が改善したと中国で報告されています(5)。中国の炭鉱夫の方々は厳しい労働環境で長時間生活しており、腸内環境がとても悪いようで、この研究の対象となっていました。

『MCTを摂取して腸の中の細菌のバランスが変化すると、腸の炎症がよくなる』

『腹部大動脈瘤の患者さんでは、腸内細菌のバランスが変化している』

これらのことは関連しているのでしょうか。わかりません。

ヒトの腸内環境が（MCTではなく）トリカプリンを摂取することで改善するのか、ということもいずれ研究が必要になるのではと興味を持っているところです。

では、また次回。

（以下は参考文献です）

(1).    Nakayama K, Furuyama T, Matsubara Y, et al. Gut dysbiosis and bacterial translocation in the aneurysmal wall and blood in patients with abdominal aortic aneurysm. PLoS One. 2022;17:e0278995.

(2)    Karlsson L, Gnarpe J, Bergqvist D, Lindback J, Parsson H. The effect of azithromycin and Chlamydophilia pneumonia infection on expansion of small abdominal aortic aneurysms--a prospective randomized double-blind trial. J Vasc Surg. 2009;50:23-29.

(3)     Baxter BT, Matsumura J, Curci JA, et al. Effect of Doxycycline on Aneurysm Growth Among Patients With Small Infrarenal Abdominal Aortic Aneurysms: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2020;323:2029-2038.

(4)    Rial SA, Karelis AD, Bergeron KF, Mounier C. Gut Microbiota and Metabolic Health: The Potential Beneficial Effects of a Medium Chain Triglyceride Diet in Obese Individuals. Nutrients. 2016;8.

(5)    Xu Q, Li H, Liu Y, et al. Medium-chain triglycerides reduce diarrhea with improved immune status and gut microbiomics in tunnel workers in China. Asia Pacific Journal of Clinical Nutrition. 2022;31:229-241.