本プロジェクトを応援していただいた皆様
皆様,中澤です.
支援者を始め,本プロジェクトを応援してくださった皆様,無事に終了したことをここに報告させていただきます.おかげさまで2月26日に公開実験を実施し,ネパールの伝統的な石積みの住宅の簡易耐震補強の有効性について,ご参加された皆様と一緒に確認・検証を行うことができました.改めまして,チーム一同,感謝申し上げる次第です.
クラウドファンディングを活用させていただいた本プロジェクトにおきまして,寄付していただいた実験資金は大切に使用させていただきました.前々から申し上げてきた通り,実験には予算が必要ですし,実施したからと言って,結論が出る保証もございません.しかし,実験を終えた今,短い期間ではございましたが振り返りますと,それ以上に,これをきっかけにたくさんの方々が本プロジェクトへのご興味を持ってくださるようになったことが非常に重要なことと思っています.何より,皆様とのつながりを持てたことが大きな財産であると感じています.貴重な経験をさせていただいたと実感している次第です.当初の想像以上にジャケッティングによる耐震補強効果を確認でき,今後の研究・実装に向けて,より加速させて行くことが可能であると確信しています.
募集期間の平成30年9月1日から10月31日にかけて1,971名の方々にホームページをご訪問いただき,最終的に,目標額100万円に対し78人の皆様に1,218,000円のご支援を賜りました.本プロジェクトでは,当研究所が主務機関となって実施させていただきました.クラウドファンディング自体,弊所,中澤個人を始めメンバー一同,初めての試みでした.本当に成立するのだろうか,実験は可能なのだろうかとの思いもございましたが,期間中にいただいた応援メッセージの一つ一つが励みになり,これを糧に前進あるのみの気持ちにさせていただきました.本当にありがとうございました.
本プロジェクトは,ネパールを始め開発途上国で非常に多い脆弱な組積造住宅において,ポスターの標語にもございますように「震災における崩壊を減らす」ことを目的に,現地の住民の方々が自ら出来得る簡易な耐震補強方法を検証し現地へ提案することを目的としてやって参りました.実施していることの基本は研究活動ですので,研究者間や技術者間でのディスカッションを通じ技術構築や深化させていくことは可能だと思います.しかし,これだけでは何かが足りないと感じます.やはり,技術を普及させるためには,自己満足に終わってはなりません.そのためにも,一人でも多くの方にプロジェクトを知っていただき,また,仲間に加わっていただき,大きな推進力となってこの防災技術の良さを広めていくこと,続けることが必要なのだと考える次第です.
ネパール国につきましては,2015年の大地震とその後の復興過程の一部を見た限りではございますが,住宅の耐震化やインフラの整備が急務だと思います.どの国にも社会問題や様々な背景があります.勿論,モノづくり,そしてそれを維持発展させていくのは人です.我々の常識が通用しない限られた環境の中で,一人でも多くの命を守るため,自ら対策を講じ自らを守る技術を伝えることができたら,まだ,その初歩中の初歩の段階かもしれませんし,数ある中の一つの選択肢に過ぎないかもしれませんが,それに向けた取り組みが必要なことを知っていただくきっかけとなれば幸いです.
最後に,様々な形でのご支援・ご協力,ありがとうございました.また,実験は手段であって目的ではありません.この先にゴールがあります.これを忘れずに今後も頑張って参ります.引き続き,心のどこかに留めておいていただき,力になっていただけたら幸いです.
【公開実験に至るまで】
リターンとして実施させていただいた公開実験(平成31年2月26日実施)のご報告です.実験のご見学につきましては,プレス9社,寄付者の方35名にお越しいただきました.改めまして,この場をお借りして感謝申し上げます.
いただいたご支援金ですが,ほぼ,試験体の製作費に充てさせていただきましたので,準備状況を詳細に報告させていただきます.なお,寄付者の皆様全員にご覧いただきたかったのですが,残念ながら,直接ご覧いただけなかった方が多数いらっしゃいます.この場で順を追ってご報告させていただきますので,最後までお付き合いいただけましたら幸いです.
背景と目的
(1) 地震被害の背景―石積住宅の脆弱性―
昨今,世界各地で地震や豪雨を始めとする大規模な災害が多発しております.我が国日本も例外にありませんが,特に開発途上国では,伝統的な石積等の脆弱な建物が多く,地震時の崩壊による人的被害が多発する傾向にあります.2015年のネパール地震では,8000人弱の人命が失われました.人的被害の多くは,山間部の自分で建設した石積の伝統的な家に集中し,道路事情が悪く建設資材の搬入が困難な状況も相まって.復興が進んでいないのが現状です.
(2) なぜ,同じ被害が繰り返されるのか?
住宅被害の大半が山間部に集中し,そのうち8割は地域の職人あるいは住民自身によって建設されたノンエンジニアドの石積み組積造(既存不適合住宅)でした(写真-1).現在,耐震工法(ネパールの耐震新基準NBC105を満たす構造)の普及が進められていますが,上述の通り,山間部ではアクセスの悪さが妨げとなっています.庶民住宅は,国の基準法があっても,根付いた文化,経済的な理由で同じ材料を用い,同じ構造によって同様な被害が繰り返されているのが現状です.
写真-1 崩れかけの壁
(3) 人的被害軽減のため―ノンエンジニアド建設への挑戦―
被害拡大の原因は,庶民住宅の一般的な建設工法である組積造の脆弱性ですが,これら住宅の多くは地域の職人あるいは住民自身によって建設された技術者が関与していない“ノンエンジニアド建設”,いわゆるネパール版既存不適合住宅によるものです.被害軽減のため,まずは現地の住民がお金をかけずに自ら実施し得る補強方法を身につける必要があります.共同研究者の今井さんが長らく携わってきた課題でもあります.
(4) 現地に伝えたい技術―蛇籠技術の応用,3L技術の確立―
ネパール地震以来,山間地における蛇籠の利活用調査をしてきました.「蛇籠」とは,紀元前の中国で産まれた伝統的な土木技術で,金網籠に石を詰めただけの単純構造ゆえ高い技術力を要しません.運搬が容易,低コストでの施工が可能であるため,道路擁壁を始め至る所に使われておりました.今までの調査・研究から,蛇籠は地震時に変形はするが崩壊には至らないといった防災性に優れた特徴も持ち,粘り強い構造を実現できることがわかっています.
本研究で提案している蛇籠によるジャケッティング工法は,庶民住宅を金網で巻き丸ごと蛇籠化する,住民自らが実施し得る耐震補強技術です(図-1).この研究が必要な理由は,国際的に構造研究が進んでいない分野であり,技術水準を整備する必要があります.そのため,本研究では振動台実験による効果検証を行いますが,最終的に「Low-Techを科学し,Low-Costを追求し,そしてLocalで活かす」3L技術として現地における普及展開を目的として活動してまいりました.
図-1 ジャケッティング工法のコンセプト
実験の準備 ~モックアップの製作~
石造組積造の住宅ですが,日本にこれに特化した職人さんはいらっしゃいません.したがって,公開実験にむけて,一回,組積造の壁を作製し,その要領を確認すること,および問題点を認識することが必要と考えました.最大の問題点は,やはり材料選定と手配の問題です.石材ですが,ネパールと同様なものの入手は困難であることから,代替品が必要となりました.コスト面と技術面からのアプローチにより,いわゆるセメントレンガを用いることとしました.現地では,その土地で得られる石材を手作業で加工し,積みやすい形状で,泥目地とともに壁状に積んでいきます.現場で得られる材料の材質は様々ですが,風化した非常に脆い岩塊を用いています.実験では,加工した後を想定した石材の模造品として,セメントレンガを用いています.このモックアップの製作作業は,平成30年11月30日~12月3日にかけて実施し,その作業要領を確認しました.今も養生して見学可能な状態ですので,御来所の際は是非,ご覧になってください(写真-2).
写真-2 モックアップ
公開実験に向けての準備
公開実験にあたり,防災科学技術研究所の大型耐震実験施設を利用し,振動台上に,石に見立てたブロック積みの家屋2試験体を建設し,皆様からのご支援を活用させていただき,ジャケッティングの効果を検証しました. なお,大型振動台テーブル上での試験体製作は2月6日から開始し,公開実験日は2月26日とさせていただきました.
試験体製作にあたり,大きなところは,石材の準備、組積、 窓枠・出入り口・屋根小屋製作および解体撤去の4項目でした.概要図を図-2に示しますが,最終的かつ具体的な実験のイメージは写真-3に示すものです.最初に2棟ともに耐震補強をしない試験体を製作し,うち1棟は小屋の製作後、ワイヤメッシュによる補強(左)を行いました.
(a) 耐震補強無し (b) 耐震補強(金網によるジャケッティング)
図-2 実験のイメージ
写真-3 試験体の様子
(1) 石材の準備
実験に供するネパールの成型石材を模したセメントレンガの大きさと数量の目安は,幅100㎜×奥行200㎜×厚さ60 ㎜で約6500個を準備しました.写真-4に示すとおりです.
写真-4 セメントレンガ
(2) 組積の製作
組積の製作です.作業した項目を以下に順を追って説明します.
・ブロックの積み上げ
ブロックの積み上げは,手摘みによる作業を行いました.手摘みにあたり,同時にミキサー練りにより,目地材(土質材料)を準備しながら作業を行っています.作業に先立ち,所定の位置を確保すためスミ出しを行いブロック積み上げ箇所を決定しています(写真-5).
写真-5 ブロックの積み上げ状況
・試験体のサイズ
組積の壁(幅0.2m,長さ3m,高さ2m)を構築していき試験体を作製しました.試験体のサイズは,平面3m×3mで,敷き面積は2棟で概ね50~55m2です.平面図,立面図および手摘みの作業状況を図-3および写真-6にそれぞれ示します.
(a) 振動台上平面図
(b) 試験体平面図 (c) 試験体断面図
図-3 平面図及び立面図
(a) 組積の状況 (b) 積み上げの様子
(c) 積み上がり
写真-6 ブロック積み上げ
・目地部の造形
目地材は粘土を用いています.ミキサー一杯が約70lであり,均一になるようにミキシングすることとしています.なお,目地の強度設定は必要ないので(構造上,強度は期待しない),含水量も施工性を考慮し,その都度,水を加えました(写真-7).組積にあたり,圧縮されることを考慮して目地材の厚さは50mm程度を基本とし,最終的には写真-8に示すように,30mm程度になっています.
(a) 粘土(約4m3) (b) ミキサー練りの様子
写真-7 配合の検討および目地材の準備
写真-8 目地の状況
・ワイヤメッシュ設置
2棟の内,簡易補強をする1棟を対象に,ワイヤメッシュによる壁体の補強を行いました.補強については,目地に針金を差し込み,壁の内外に巻き付けたワイヤメッシュを引っ張り固定しています.また,開口部(窓枠、出入り口)はワイヤメッシュを切断し,木枠に固定しました(写真-9).
(a) ワイヤメッシュ (b) 設置状況
(c) 壁天端での接合
写真-9 ワイヤメッシュ設置
(3) 窓枠・出入り口・屋根小屋製作
・窓枠製作
試験体に幅800mm×高さ1000mmの開口部を対面で2面作るため、そのサイズに合わせた窓枠を作製しました.使用材料は板材ですが,上部配置する板材はブロックの自重を十分に支えられることが求められます.試験体製作時にブロック自重を支えていることを確認しています(写真-10).
(a) 窓枠 (b) 窓枠設置状況
(c) 完成
写真-10 窓枠作成
・出入口製作
試験体の一面に,幅800mm×高さ1800mmのエントランスを製作・設置しました.窓枠と同様に,使用材料は板材です(写真-11).
(a) 出入口枠 (b) 出入口枠設置状況
(c) 完成
写真-11 出入口製作
(4) 屋根小屋製作
試験体上部の屋根小屋の製作にはガルバ屋根材を用い,垂木により枠を作製しました.屋根形状は三角形状とし,試験体中央からの頂点の高さを500~600mm程度,軒を200mm程度とする模型を製作後,試験体上に取り付けを行っています(写真-12).
(a) ガルバ材 (b) 垂木
(c) 組立状況 (d) 屋根完成および吊り上げ
(e) 完成
写真-12 屋根小屋製作
(5) 試験体の完成
2棟の試験体の完成写真と実験後の様子は,それぞれ写真-13,14に示す通りです.
(a) 無補強 (b) 補強
写真-13 試験体
写真-14 実験後の様子
【公開実験における効果検証について】
さて,実験ですが,2月26日13:40から皆様をお迎えし,以下の通りの振動実験を行っています.
【加振実績】
1.JMA神戸波(NS成分) 振幅を10%に調整
2.JMA神戸波(NS成分) 振幅を20%に調整
3.JMA神戸波(NS成分) 振幅を30%に調整
4.JMA神戸波(NS成分) 振幅を50%に調整
5.JMA神戸波(NS成分) 振幅を70%に調整
実験に用いたJMA神戸波(NS成分)ですが,1995年阪神大震災において,神戸海洋気象台で観測された地震波です.ネパールの地震は使わないのか?というご質問がなかったのですが,実験の目的は蛇籠に見立てたジャケッティングによる耐震補強効果です.つまり,無補強が倒壊することが条件で,ジャケッティングによる補強試験体がどこまで耐え得るか?を見ることが必要です.確実に無補強試験体を想定通り倒壊させ得ることができるという点で,大型耐震実験施設で実績のあるJMA神戸波を用いました.
実験時の試験体の様子につきましては.3の加振で無補強試験体が大きく揺れ,壁に損傷が入りました.4の加振では,無補強試験体において,背面の壁が倒れました.最終的に実施した無補強は全壊相当,ジャケッティング補強は壁に大きなクラックが入り,全体が変形しましたが倒壊しないという結果が得られました.
データの細かい分析はまだこれからですが,3の加振時の加速度応答につきまして,ご参考までに図-4に示しますので,ご覧になってください.図は,左から,JMA神戸波10%,30%,そして50%へと,加振条件が厳しくなっています.10%における加速度応答は補強・ジャケッティングでほぼ同じ,30%で無補強試験体に損傷が生じたため,加振の後半でジャケッティングに比べ,損傷の影響が大きくなっています.50%では背面の壁上部が倒れた無補強試験体で加速度応答が振り切っている様子がわかります.また,新着情報において速報した図-5を確認しますと,効果のほどは一目瞭然で,ジャケッティングによって,変形はしておりますが,崩壊は免れています.この効果ですが,思った以上であったと感じている次第です.
図-4 壁の加速度応答
【公開実験の様子】
当日ご来所いただいた皆様,どうもありがとうございました.改めまして,感謝申し上げる次第です.実験を直接ご覧になって,どのようにお感じになられたのでしょうか?中には,金網メーカーさんがいらっしゃったり,実験研究をされておられる方,また,本クラウドファンディングを切っ掛けに,ご興味を持っていただいた方々,多数の方に見ていただきました.是非とも,技術的見地でも良いですし,また,ごくごく単純に感じたフィーリング的なことでも結構ですので,ご意見を賜れればと思っています.
写真-15,16は,当日の様子と記念撮影の際のものです.皆様,本当にありがとうございました.
写真-15 公開実験の様子 写真-16 公開実験記念撮影
【寄付金の収支報告】
支援者の皆様,おかげさまで,実験を完遂することができました.皆様からご支援頂いた資金は,全額試験体二棟のうち,一棟分の製作費に使用させていただきました.具体的には,【公開実験に向けての準備】でご紹介させていただいた作業となります.改めまして,ここにお礼申し上げます.
なお,ご支援を戴いた後,以下の日程で皆様にご連絡をさせていただきました.
平成30年10月31日:クラウドファンディング終了
平成30年12月21日:領収証発送
平成31年1月24日:招待状発送
平成31年2月26日;公開実験ご招待
【今後】
「Low-Techを科学し,Low-Costを追求し,そしてLocalで活かす」3L技術として,「命を守る減災技術の構築」を目指しています.完璧な対策を講じることは難しいですが,被害を最小限に食い止め少なくとも人命だけは守りたい,これは対策レベルについては様々な国で異なるものの,どの国の方々にも家族,友人,あるいは大切な人がいることは変わらない,そのために自分も守る必要があることは,みな同じです.
今回のネパールを対象とした研究では,現地の事情より,「住民自らが実施できるローコスト耐震補強工法の開発」が喫緊の課題と考え,蛇籠(じゃかご)技術の活用によるジャケッティング工法による耐震補強技術の確立・検証を試みました.蛇籠構造物については,先行研究で実施した実大実験から,蛇籠の応用性と耐震性の高さに関する知見が得られています.今後に向けて,以下の三点が重要な鍵と考えます.1.蛇籠ジャケッティングで使用するワイヤー(針金)はロール状でポータブル,山間部への人力による搬入が可能なものを使用した.
2.補強時,ワイヤーメッシュをセメントモルタルで仕上げせず,ローコストと施工性を追求した.
3. 変形は許容するが,倒壊は防げることを確認し,少なくとも人命は守れる技術とその効果を確認した.
今後は画像や計測したデータを精査して定量的な把握を試みていきます.成果をさらにまとめ,「少なくとも命を守ることができる」,本プロジェクトで検証したジャケッティング補強技術もその一助として貢献できればと考えています.
Readyforさんでの今回のプロジェクトはこれで一区切りです.しかし,これがすべての終わりではなく,ここからが始まりなのだと認識しています.これからの展開につきましては,引き続き,新着情報におけるご報告や呼びかけもできる限り行っていければと思っています.
またの機会に是非,お会いしましょう!折角できた皆様との繋がりやご縁を大切にして.
ご支援をいただきまして,本当にありがとうございました.
本プロジェクトを代表して,
防災科学技術研究所 中澤博志