7歳の頃のヴァイシュナヴィ(左:2005年撮影)

 

ヴァイシュナヴィが「子どもの家」に来たのは2004年、当時7歳の頃でした。

 

彼女の母親が不慮の事故で死亡してしまい、アルコール依存症の父親は、娘たちをかえりみずにお酒に入り浸っていたところ、親類が見かねてしばらく彼女をかくまっていたそうです。しかし、いつまでも子一人を面倒見ることができず、子どもの家に連れてこられたといいます。

 

そんな彼女は「子どもの家」を、“孤児院”ではなく、本当の家族と暮らす家だといっています。今後、同じような境遇にさらされることのない社会を作ることを目指しています。現在は、大学で看護の勉強をしています。

 

現在のヴァイシュナヴィ、「子どもの家」の裏庭にて

 

以下、彼女から届いたお礼のお手紙です。

 

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私の名前はヴァイシュナヴィ インカネです。

 

2011年9月、私たち「子どもの家」の全員がパンニャ・メッタ・サンガと日本のパンニャ・メッタ ユースのお陰で、ゴアに行くことができました。

 

生まれてはじめて自分の目で広い海を見ました、この光景は一生忘れることは無いと思います。お世話してくださった皆さんに感謝しています。

 

今回は5月に私たちをキナウル(ヒマチャル)に連れて行ってくれるためにパンニャ・メッタ ユースの人たちが物心両面にわたる支援をしてくれていることに感謝すると共に皆さんの我々を想う気持ちを励みに人生を歩みたいと思います。

 

今回、皆さんのおかげでキナウル(ヒマラヤ)に行きあちらの文化に触れ雪山を見ることができることは、私たちも思いもしなかった大きな幸運に恵まれました。

 

皆さんにありがとうを言いたいです。

 

ダンニャワード(ありがとうございます)

 

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