野村です。今日で最終日となりました。
残り時間のカウントダウンに入ったところで,ブログを書いています。

昨日は,松山でも桜の開花宣言がありまして,2月1日の寒かった頃始めたこの挑戦も,桜の開花とともに一端終わります。

 

前回ブログで辻下君がプロペラの話をしたので思い出した話があります。以前,平成カラス1号,2号の話を書いていますが,初めて,空を飛んだ平成カラス号は,創部から3年目に完成した,「平成カラス・typeR」という機体です。「typeR」とは当時のホンダ自動車のスポーツグレードに用いられていた名称で,英語のレボルーション(Revolution)の頭文字をとっていたと記憶しています。かっこいいネーミングだったので,本来なら”平成カラス3号”とすべきところを「平成カラス・typeR」としました。このように名前を変えた機体としては,人気グループの名前からつけた「Hey☆Sayカラス号」という機体もあります。(製造番号順では平成カラス9号になります。この機体が,我々の最長飛行記録を持っている機体です。)

写真は「平成カラス・typeR」と当時の部員です。松下君(写真・真ん中)が厳しいダイエットを乗り越えて2代目パイロットとなりました。

 

「typeR」の写真を見てみると,今とは違い4枚羽の構造ですね。大学のグランドで飛行試験したときに,はじめて実験で”浮いた”機体で,コンテストでは創部3年目にして44.8mという飛行記録がでました。


下記の左下の写真は,二宮翔会設立当時の写真です。当時は部室もなく,小職の研究室の一部分を使って(間借り)いました。狭かったですね。右下の一枚は,人を乗せることなくプラットフォームから落とさなければいけなかった「平成カラス1号」の落下写真です。この2枚の写真は,小職が彼らを応援する源になっています。

下記は,初めて鳥人間コンテストに参加した年に当時の部員が掲げた計画です。昨年,学内の古いパソコンのデーターの中から見つかりました。これを見ると,まだ項目3の辺りをウロウロしている状況ですね。まだまだ先は長いようです。

今回,皆様からご寄付いただいた資金をもとに「平成カラス12号」プロジェクトがスタートできることとなりました。ここから新たなステージに突入し,まだまだ我々の挑戦は続きます。今後も「二宮翔会」への応援よろしくお願いします。また,いろいろな場所で皆様とお会いできることを楽しみにしています。

 

追伸:辻下部長と3日に1度ペースでブログをアップして,情報をあげていこうと言っていたのですが,こちらは楽しみながら達成できました。保存版にしておきたいです。下記に二宮翔会のwebがあります。こちらで今後も随時情報を公開していきますので、ときどきは訪問してあげてください。

http://ninomiyashokai.com/

 

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