プロジェクト概要

沖縄天久、3500年の歴史が記録された手書きの歴史書。

祖父が30年間かけて書き上げた歴史を書籍として残したい。

 

初めましてこんにちは。翁長駿次と申します。私は、沖縄県那覇市天久に生まれました。加えて私の祖父の翁長精一は1929年生まれの現在88歳で、戦争体験者です。沖縄銀行を定年退職した後、天久の歴史の編纂を30年前に着手しました。実体験や口承をもとに、現在も歴史を書き綴っております。

 

今回は沖縄天久を舞台に、3500年前から現代までの天久の歴史と民俗史を本に編纂して出版し、歴史を後世に残していくプロジェクトです。非売品ではありますが、多くの人々が参照できるよう、関係者各位をはじめ、大学や図書館、県庁などの公共機関へ寄贈する予定です。

 

今回の出版に際して約100万円の費用が掛かります。皆様のご協力をこころよりお待ちしております。

 

(翁長精一が執筆した手書きの天久の歴史書を書籍化します)

 

 

作者である祖父が他界する前に本の形で歴史を残したい。

1987年に米軍から返還された土地「天久」の歴史を記す。

 

皆様は天久という土地をご存知でしょうか。終戦後、天久は米軍の将校の住宅地として利用されていました。1987年に米軍から返還され、那覇市が都市整備を取り組み、今では「新都心」という沖縄でも随一の都市となっています。

お馴染みの免税店DFSがある場所も旧天久村です。

 

そんな天久のエピソードをいくつか紹介いたします。

 

①ペリー提督来航の地

ペリー来航の1853年7月、浦賀に先立って1853年5月に天久の泊港へ来航しました。この本の中では、ペリーに対する琉球政府の対応やアメリカとの関係性、日本との関係性などが記述されています。

 

②米軍将校の住宅地

終戦後、農地であった天久の土地は米軍に強制接収され、米軍将校の住宅地として利用されました。米軍将校の住宅地とは言っても金網で仕切られており自由に行き来できるわけではありません。この本の中に、近隣の子供が住宅地に入り込んで米軍に怒られてしまったといったエピソードも挿入されています。

 

このような天久の土地ですが。本が出版されず、祖父が他界すれば、天久の歴史を知る術はほとんどありません。この本は、実体験や口承をもとにしているため、歴史が失われてしまうのです。

しかし、出版するには個人で到底賄えず、足踏みをしている状況でした。今回クラウドファンディングというサービスを知り、皆様からのご支援があれば歴史を残すことができると思い、実行に踏み切りました。

 

(現在の米軍基地の様子1)

(現在の米軍基地の様子2)

 

 

来年1月に出版予定!手書きの原稿が350ページの歴史書に。

出版物県内大学、新聞社、図書館等の機関に寄贈します。

 

本の印刷には名古屋にある最安印刷会社に依頼予定です。本のサイズB5/350ページの書籍を200部出版を予定しております。最安値の会社を調べましたが、全て手書きの者になるため、どうしても費用がかさんでしまいます。個人の費用での出版にはハードルが高い金額になってしまいますので、何卒皆さまのご支援よろしくお願いいたします。

 

印刷業者:ブイツーソリューション お手軽出版ドットコム係
〒466-0848 名古屋市昭和区長戸町4-40

 

(内訳)

本出版にかかる代金= 913,593 円

書籍本体 = 635,920 円
カバー代 = 45,000 円
本文レイアウト = 165,000 円
消費税 = 67,673 円
 

各機関に郵送する郵送費=30,000円

切手代、郵送代、手紙等

広報活動に関する費用=80,000円

交通費、パンフレット制作費等

------------------------------------------------

合計=1,023,593円

 

100万円近い大金をかける本ですが、こちらは非売品で出版いたします。ただし多くの人々が参照できるよう、関係者各位をはじめ、大学や図書館、県庁などの公共機関へ寄贈する予定です。

今回このプロジェクトの一番の意義は村の歴史を残し、後世に伝えることで、後世の人々がそこから新しい発見の可能性を残せることです。そのためには、いつでも必要な人が参照できるような形で流通させることが望ましいと考えました。

 

(3500年の村の歴史が綴られています)

(350ページもの手書きの歴史書)

 

 

ひとつの村の歴史を残すことの大切さ

小さな気づきを与える3500年の村の歴史

 

天久と聞いた時に、そもそも天久を想像できる方は少ないと思います。そんな天久の歴史を残すことは、人々の生活にとってどういう役に立つのか、誰が喜ぶのか、どんな意義があるのか。正直想像しにくい部分があると思います。

 

ただ、天久の歴史や民俗は独立して形成されたのではなく、周辺環境に大きな影響を受けながら形成されていきました。そのため従来の大きな歴史観では見落とされていたものが小さな歴史叙述によって具体性を増したり、わからなかった様相が立ち現れてくるといったことは十分に考えられます。

 

加えて、「村の先輩」からの口承伝達や実体験に基づいた叙述的な書き口は、郷土史の実践のあり方として、小さな村の歴史だけには還元できない大きな価値があります。

 

そんな天久の唯一の歴史を書として残せるのは私の祖父のみです。村の歴史を残すことが、これから日本の未来の発展に必ず役立つと信じ、今回のプロジェクトに取り組ませていただいております。皆様の応援、ご支援どうぞよろしくお願いいたします。

 

(祖父の翁長精一が残す歴史書を日本の未来に残したい)


最新の新着情報