「ぶんぶんの時間」について、こんなことをやっているんです、と話したら、それは、すばらしいこと!と、言ってくださった國分さん。ひょっとしたら私よりも、その価値を思ってくださっているみたいなのです。
つくったこどもたちの絵本をお見せしたら、わたしも絵本をつくってあげたいと実行され、記事にもなったそうです。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

子どもが絵を描くときは、きっとなにかお話をつくっているのだろうと、ずっと思っていました。絵は残るけれど、それは聞き出すことも、書きとめてあげることもできない。大好きな本を繰り返し読んでもらっているとき、子どもは自分なりの世界をつくって聞いているのだろうと思うけれど、それは誰にもわかりません。

 

大谷さんが「ぶんぶんの時間」を始めたとき、これだ!と思いました。そうしたものは、なにかの形で子どもたちの中に眠っている。あるいは育っている。自分のお話を書くことで、子どもたち自身がそれらを引き出すことができるだろうと。

実際、子どもたちが書いた物語を読ませてもらったとき、それを確信しました。
どれも涙がでるほど可愛い! なのにちゃんとした筋立て、大人も顔負けの会話……など、立派な物語として完成されています。

多分、自分も子どもになっている大谷さんが、そばで、ほほづえをついて、「う~ん、それから?」とか「へえ、おもしろいじゃん」なんて言っているうちに、子どもたちが思うままに組み立て、書いて行くのだろうと想像しています。「子どもはうそが大好き」と大谷さんは言っていますが、そうではなく、うそ、ほんとの仕切りを大谷さんが取っ払ってあげるから、喜々として自分の世界で遊ぶのではないでしょうか。
 
そして、さらに素晴らしいのは、それに自分で絵をつけて、印刷して、1冊の本にしてあげること。本人はもちろん、親御さんもどんなにうれしいことか、私は、南信州の小さな村で目のあたりしました。
 
私が東京から移住してきたこの村は、人口590人あまりの過疎村。雪と氷に閉じ込められた2月の末に、文芸祭という村をあげての行事があります。
そこに、保育所の年長児が毎年、自分でお話と絵を描いた本を出品します。でも、たくさんの展示にまぎれて、ほとんど読まれることもなく、思い出箱に眠っているでしょう。

昨年、「ぶんぶんの時間」にヒントを得て、私はデザイナーに依頼し、印刷してプレゼントするとともに、「うるぎ子ども文庫」として保存してもらうことにしました。そして、卒園記念に自分の絵本を贈ることを村長に提案し、実現しました。卒園式の翌日の地元紙に、「卒園記念に創作絵本製本 年長園児3人に売木村が贈り物」と、掲載されました。
                        つづく
 
 

 

 

 

 

 

新着情報一覧へ