プロジェクト終了のご報告
皆様の温かいご支援のもとで実施してまいりました「三毛猫遺伝子探索プロジェクト」ですが、クラウドファンディングで支えられたプロジェクト部分がひとまず終了の区切りを迎えました。研究資金のご寄附のみならずたくさんの応援メッセージをいただき、プロジェクトチーム一同大変感謝しております。ありがとうございました!それだけでなく、このクラウドファンディングを通して、多くの飼い主の方からサンプル供与の申し出をいただいたり、獣医師の先生や獣医学部・獣医学科の先生たちとの共同研究ネットワークができたり、素晴らしいご縁がいくつも生まれました。「三毛猫遺伝子探索プロジェクト」そのものはまだまだ続きますが、一旦の区切りということでここに終了報告を投稿させていただきます。なお、該当者の方々には後日詳細な「研究報告書」をお送りさせていただく予定です。
【結果報告】
READYFORさんの力を借りてクラウドファンディングを開始した時点で、すでに複数の猫のサンプルをゲノム解読装置で読み取り、三毛猫やさび猫に特有の遺伝子変異の有力候補が見つかりつつあると述べました。皆様のご支援による本プロジェクト部分では、この候補遺伝子が三毛猫遺伝子であることを裏付けるための基礎的な研究を進めました。(現時点では研究成果を公開していないため、詳細については後日「研究報告書」等でご報告させていただきます。)
私たちが見つけた候補遺伝子はX染色体上にあり、三毛猫やさび猫が雌ばかりであることと一致しています。ゲノム解読の結果、三毛猫とさび猫は二本のX染色体上の候補遺伝子の一方に特有の変異を有していました。そこで私たちは、より簡便で迅速な方法を開発してさらに多くのサンプルを調べ、この変異が三毛猫やさび猫に特有であることを確認しました。なお、同じ変異は米国ミズーリ大学が公開しているゲノムデータでも確認され、日米の三毛猫遺伝子変異は同一起源の可能性があると考えています。
さて、候補遺伝子は野生型(一般的な配列を持つもの)が黒、変異型(変異を持つもの)が茶の色素を作るよう毛根の色素細胞に指令を出すと考えられます。しかし、この遺伝子から作られるタンパク質がどのようにして色素合成を切り替えるのか不明です。そもそもこのタンパク質が色素細胞で作られるのかどうかも分かっていません。そこでモノクローナル抗体研究所の野崎直仁先生の協力を得て、この蛋白質を特異的に検出するための抗体の候補を複数作製していただきました。本プロジェクトでは、それらの候補の中から特異性が高く、かつ感度もいい抗体を選び出す作業を行ないました。作業はまだ継続中ですが、これがうまくいけば、強力な研究ツールを手に入れることができます。
また、猫にできるだけ負担をかけず基礎研究を行なうためには、代替手段が必要になります。考えられるひとつの方法は、猫の多能性幹細胞(iPS細胞やES細胞)を作製し、それを色素細胞へと分化誘導することで、茶黒のパターンの形成を培養皿の中で再現することでしょう。つまり、私たちが見つけた遺伝子変異を多能性幹細胞に導入し、この変異が色素の切り替えに関わることを、猫の個体を傷つけることなく証明することができるかも知れません。しかし、猫の研究においてそのような技術はまだ完成している訳ではありません。そこで、そのような試みを行なっておられる大阪公立大学の鳩谷晋吾先生と共同研究を始めました。この研究はまだ緒についたばかりですが、鳩谷先生が作製された細胞の中に私たちの目的に合うものがあるかどうか調べています。この研究は最終的に猫の再生医療に役立つかも知れませんね!
もうひとつの代替手段は実験用のマウスを使うことです。もちろん、実験動物といえども生き物ですし、(マウスではなく)猫でないと分からないことも色々あるのですが、やはり培養皿では再現できず、生きた個体でないと研究できないこともたくさんあります。候補遺伝子はマウスやヒトにもあることから、これらの生物に共通の基本的な事柄については実験動物で知識を得ることができると推測されます。実は、私たちが見つけた遺伝子は、ヒトの皮膚の病気やがんに関係しているという論文が2年前に皮膚科学の専門誌に掲載されました。しかしこの遺伝子の異常がどうして病気を起こすのか分かっていません。つまり私たちの研究が医療に貢献する可能性があるのです。そこで、動物愛護に最大限配慮しつつ、私たちが見つけた変異をマウスの候補遺伝子に導入しました。さらに、この遺伝子改変動物の色素細胞を簡便に検出したり収集したりできるよう、東京大学の西村栄美先生と共同研究を開始しました。実験動物の皮膚サンプルの一部はすでに収集を終えており、これから詳細な解析に取り掛かるところです。
以上ご報告したように、私たちの研究はすぐにゴールに辿り着けるものではありませんが、皆様のご支援によりこの1年間で随分と前へ進むことができました。最終的なゴールに到達せずとも、途中経過を報告することもまた科学の世界への貢献になると思います。今後、更なる研究を進めつつ、論文化や学会発表を目指して頑張りたいと思います。
最後に、本プロジェクトを契機として様々なメディアからの取材を受け、また出演の機会をいただきました。これもまた大事なご縁だと思いますし、成果ではないかと思っております。本当にありがとうございました。
【収支報告】
皆様のご厚意により提供していただいた研究資金は、以下の費目に充てさせていただきました。
実験用消耗品費:1,906,620円
人件費(学術研究員、技術補佐員):5,106,103円
光熱水費等:1,126,967円
共同研究旅費:244,110円
以上、合計8,383,800円(寄附金総額から手数料を差引いた額)を2024年3月31日までに全額使用させていただきました。本当にありがとうございました。
なお、関連するご報告として、本プロジェクトで雇用した学術研究員(博士研究員)の歐陽允健(おうよういんけん、通称ドナルド)先生が、2024年4月1日付で国際基督教大学の助教として着任することになりました。情報科学と英語の能力を評価されての採用で、今後わが国の教育研究と国際化に貢献してくれるものと思います。ご報告申し上げます。
【リターンについて】
該当者の方々には後日「研究報告書」(pdf)を送付させていただきます。なお、成果の取りまとめと研究報告書の作成に半年程度の猶予をいただきたいと考えています。ご理解のほど、どうぞよろしくお願い致します。
【今後について】
クラウドファンディングで支えられたプロジェクト部分はこれで一区切りですが、私たちにはまだやるべきことがたくさんあります。代表者である佐々木(名誉教授)の研究室はスペースの大部分を現役の先生たちに譲ることになりましたが、今後も共同研究者の方たちのご協力のもとでプロジェクトを進めていく所存です。また、一般向け講演やマスコミ出演の際には、これまで同様「活動報告」で告知することにしています。引き続き皆様からの温かい応援をよろしくお願い申し上げます。
2024年4月1日
三毛猫遺伝子探索プロジェクト チーム一同