「真面目な仕事ぶりで評価の高い珈琲屋のM君が、仕事場である店を、繁華な町中から緑が一杯の現在地に移してほぼ1ヶ月。先日店を訪ねた折、店内の写真を撮って来ました。5坪程だった前の店からすると、席数は2倍近くと広くなり、珈琲を飲む場所も2階になったので気持ちの良さは格別です。私が1978年に今泉の店を借り、自分で内装を始めた頃からの友人ですから、ずいぶん長い付き合いです。珈琲の事をとことん突き詰めて考え、産地であるイエメンやエチオピアまで出掛けて行く様な仕事ぶりで、ファンを増やし福岡の名店と言われるまでになりました。今度の引っ越しを、同君の為にも喜びたいと思います。」

 


これは2009年5月に「珈琲美美」が赤坂の現店舗に店を移した際、「あまねや通信」に私が書いた「美美」の紹介文です。歩いて行ける距離でなくなった事も手伝って、最近の私は浅目に焙煎された市販の珈琲豆(いわゆるレギュラーブレンド)を、アルミの片手鍋と土鍋用の大きめの木蓋を使い、茶葉を焙じる要領で自分好みの深さに焙煎する「追焙煎(ついばいせん)珈琲」と、自分で勝手に名付けた珈琲を楽しむ様になりました。言うまでもなく、この深目に焙煎された珈琲に対する私の嗜好は、いまから40年近く前の1978年秋頃に出会った、森光宗男焙煎の「美美」の珈琲によって作られたものです。

 

「自家焙煎珈琲」を名乗る珈琲店など、福岡にほとんど無かった時代の事です。その後、私自身「美美」主催の珈琲教室に通ってドリップ珈琲の美味しさに目覚め、1990年秋に「あまねや工藝店」を今泉から平尾に移すまでは、店が近所でもあり、当店に来て下さる様々なお客様をお連れしたり、仕事で出掛ける時の手土産に「美美」の珈琲を持参したりと、個人的にも、また店同士としても交流が深まりました。

 

森光宗男君は普段まことに穏やかな人柄でしたが、「もの申す」直言居士の一面もあり、店内に(文言は確かではありませんが)有名な「珈琲を点てている時は話し掛けないで下さい」と張り紙をしたり、店外の張り紙には「田中金権政治反対」と云うのもありました。お互い領域の違う場で仕事をして約40年。今年の7月1日、創業年次の近い長浜の「吉富寿司」共々、三店の永年継続祝い「三店合祝(さんてんがっしゅく)」を催した際、その中に貴方の顔が見えないのが本当に残念でした。

 

あまねや工藝店 川口義典

http://yoshi-amaneyatuushin.blogspot.jp/

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