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焼津の第五福竜丸事件を語り継ぐCD「そして私は」を制作したい!

新(あら)器量(きりょう)

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焼津の第五福竜丸事件を語り継ぐCD「そして私は」を制作したい!
支援総額
90,000

目標 380,000円

支援者
7人
残り
終了しました
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2014年12月31日 15:30

第3章「帰港」

 そして2週間をかけ、ようやく母港焼津に戻った第五福竜丸漁労長は、マーシャル諸島で原爆実験に遭遇し、死の灰あびたらしいと報告した。その時診察した医師はこう話している。「顔の片面が焦げている者や顔手首腕など露出しているところは放射能による火傷で黒くなり、目は結膜炎を起こし髪の毛を引っ張ると抜けるものも居た」と。この時はまだ白血球の低下は佐吉にも皆の中にも見られなかったのだが・・・・。
船が戻った焼津の港ではその日のうちにまぐろ、さめなどの水揚げを東京、大阪、名古屋方面に出荷する準備が進められていた。
その2日後の16日朝刊、「マグロ漁船、ビキニ原爆実験に遭遇!水爆か・・死の灰を・・の見出しで新聞のトップをかざり、社会を震撼させた。読売新聞のスクープだ。
その日、焼津に駆けつけた調査員は船体からも、人の髪の毛や爪からもガイガーカウンターを向けると、ガーガーバリバリと異様な反応を示した。乗組員達の浴びた放射能は半数の人が死亡するという400レントゲンに近く、また体内に入った灰の危険も心配された。
そしてすでに出荷された漁獲は14の都道府県に渡り、原始まぐろの恐怖が走った。東京築地市場ではその一角にまぐろ、さめなど仕入れた魚は土に埋められ、大阪富田林ではすでにこれを食べた市民は恐怖におびえた。こうして検査のたびにガーガーバリバリと音を立てるまぐろは、「原子まぐろ」や、「原爆まぐろ」といわれ、事件は世界に広がりを見せた。乗組員の病名は急性放射能症と発表された・・・・続く・・・・ 

こちらのサイトから音声で試聴できます。  

http://cocoltd.com/gionjuku2014/index.html

 

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リターン

3,000

「そして私は、」のCD1枚。名簿記載。
サンクスレター。

支援者
0人
在庫数
制限なし

10,000

3000円の引換券に加え、名簿に名前記載&焼津のお土産名簿記載

支援者
6人
在庫数
制限なし

30,000

10000円の引換券に加え、焼津のお土産。ギター教室体験券。

支援者
1人
在庫数
制限なし

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