nisipiricaという私たちのアトリエでは「織り」をやっています。
「織り」は「織り」で、意味のある魅力のある表現です。
しかし、どうしても飛び越えられない壁を感じ、
もっと広いアートの世界で、みんなの表現を生かしたい!
そこで、いわゆるボーダレスアートの方々にアクセスしていきました。
そんな中で、平川病院<造形教室>のドキュメンタリー映画「破片のきらめき」
その上映をしてみないかと促されて、作品展開催と共に
2014年に仙台市せんだいメディアテークで上映させていただきました。
それが「破片のきらめき」高橋愼二監督との出会いです。
高橋監督と、私たちの町「吉岡宿」で話していて
「ドキュメンタリー映画祭は、ここでも開催できるよ」
「むしろ、こういうところで開催するのがイイんじゃないのかな」
等と乗せられました。乗ってしまいました。

それから、いつかやってみたい。見てみたい。と思うようになり
高橋監督が「宮城県には宍戸大裕監督という、しっかりした監督がいるから紹介しておくよ」
と繋げてくれたことが始まりで
今度は宍戸監督が「いや、僕より、こういう事は我妻監督の方が人脈も広くて沢山映画の事も知っていて、ずっと力になってくれると思うよ」
と我妻監督と出会わせてくれて、そうこうしている内に、じゃあ実行委員会を!
と集まってみたら、すでに北から南から、力強い人たちが集められていて。
というか、賛同してくださって、それがさらに周りの人たちの賛同を集めてきて。。。
まことにスゴイ事になってしまいました。

では、なぜ、私は「ドキュメンタリー映画祭」をやってみたかったのか?
「今年!」と思ったのは
今年が「障害者差別解消法元年」だからです。たまたま。
差別解消法・・・・いったい何なのでしょうか?
いくら行政が叫んでも、市民感覚としては何の事やら?
当り前のように、無意識に差別は存在しています。
また差別されている人も差別の心を持っています。
競争社会の世の中、どこに差別解消があるのでしょうか?
・・・なんて今さら言っても仕方がない。

何が基本かな?何で差別しちゃうのかな?悪気無くても差別しちゃってる。何故でしょう?
基本は「知る事」知らないから知らず知らずに、思いこみで差別してしまう。
私自身だって「知らない事」はまだまだ沢山ある。知らない心の痛みが沢山ある。
車椅子の人がどんなに移動が大変なのか?目の見えない人がどんな危ない目に合っているのか?
幼少期に受けた暴力が、言葉の暴力が、どれだけ人生に影響を与えているのか?
知っているなんて言えない。知らない事ばかり。
「まずは知っていこう。知って考えていこう。出来る事は限られる。でも知らなくちゃ。」
たまたま、最近ドキュメンタリー映画って面白いな。考えさせられるな。
と思うようになったのです。
で、「ドキュメンタリー映画」っていろいろな監督さんの目を通して、心を通して
正に知らない事を見せてくれる、教えてくれる素材なんだ!
と結びつき・・・・そんなこんなが流れとなって
「今年、ドキュメンタリー映画祭をしたいんだけど、助けて!」と
高橋監督、宍戸監督、我妻監督に声を掛けたのでした。
そうしたら、待ってました!とばかり??に、この広がり!!

この先、どう展開していくのでしょうか?

新着情報一覧へ