無言館の外観

昨日、降りしきる雨の中、戦没画学生慰霊美術館「無言館」を訪れました。バス停からダラダラ坂を5分ぐらい上がると、生い茂った若葉を透かして、その施設が見えてきます。「無言館」は信州塩田平を見下ろす小高い丘の上に、ひっそりと佇んでいました。

コンクリート打ちっぱなしの飾り気のない建物は、初めて訪れた人を戸惑わせます。どこが入口だか、よく分からないからです。正面の壁が四角く切り抜かれて、その上に「戦没画学生慰霊美術館無言館」と刻まれていますが、ドアは見当たりません。通常の美術館に見られる入館料の支払い窓口などもありません。しばらくの逡巡の後、切り取られた壁の中を覗くと、その左右に何の変哲もない木製のドアを発見します。それが入口で、そのドアを押し開けて中へ入ると、そこがいきなり展示室。入館料は出口で支払うことになっているのでした。

このような入口の造りは、ヨーロッパの教会とよく似ていて、展示室が十字架の形をしているところもまさに同じです。内部の壁には、暗めの照明のもと戦没画学生の絵が掛けられ、中央のスペースには、彼らの遺品や手紙がぴっしりと並べられた陳列ケースが据えられています。

絵には画家の生没年など簡単な履歴が書かれたプレートが添えられていて、その最後は、ごく一部の例外を除き、「戦死」あるいは「戦病死」のいずれかの言葉で締めくくられています。戦没画学生の絵を展示する施設なのですから当然ですが、どうしても絵を見る視点に影響を与えます。本来、絵の評価はその画家が戦没学生か否かとは無関係なはずなのですが…

先日、戦没画学生の消息とその作品を尋ねて、全国を旅した野見山暁治さんにインタビューした際、彼は「いい絵を展示する美術館がほとんどだが、無言館はそうではない」という趣旨の発言をされました。今回、私は実際にこの展示室で多くの絵と対面して、野見山さんの発言に改めて納得したのでした。

館長の窪島誠一郎さんは、「無言館は偏った一つの主義や主張のもとに建設された美術館ではなく、右も左もふくめたあらゆる価値観のなかにある」(窪島誠一郎『「無言館」の十三年、眠れる「絵の骨」のこと』)と述べておられます。絵はそこにあるだけで、見る人にいろいろなことを問いかけてきます。そしてそこから何を感じ取るかは人それぞれです。

翻って音楽の場合はどうでしょうか。音楽は譜面として残されますが、それをいくら眺めていても、音楽の専門家であればともかく、そこから音楽が響いてくることはありません。戦没音楽学生の曲は演奏されなければ、作者の思いを知ることはできないのです。(大石泰)

無言館の事業部長・正村欣生さんと

◆新着ニュース

7月30日(日)当日、奏楽堂ホワイエに5名の戦没学生の自画像(東京藝術大学大学美術館所蔵)を展示することになりました。いずれも東京美術学校油画科を繰り上げ卒業後戦地へ赴き、命を落とすことになった人たちです。

 

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