1月17日。
今日、阪神・淡路大震災から23年が経ちました。

今、私のSNSのタイムラインには当時復興に尽力された方、復興にボランティアとして携わった方、震源地で生活されていた方…。
いろんな方の声が溢れています。

どうか、皆様が心穏やかに一日を過ごせるよう願うばかりです。

 

私は震災当時、神戸の北に隣接する三木市に住んでいました。
4歳だった私には、ただ大きな揺れが怖かったという記憶ぐらいしかありません。

 

後に神戸の大学に進学し、被災を経験した都市という土地柄もあり、防災や減災について学んでいました。

 

阪神・淡路大震災と東日本大震災を繋ぎ、長期的な支援を展開
学生時代の防災・減災の取り組み。臨時ラジオ局の運用実験や、東北の震災後に展開した募金の呼びかけなど。

 

その最中に東日本大震災発生。そこからは、出来る支援を続ける日々でした。

被災者の想いを汲むべく、また本当に必要なことを探るべく被災された方にお話を聞く中で共通して仰られることがありました。


ひとつは、「忘れないでほしい」ということ。
ひとつは、「復興とは、その町で暮らした人が愛した自分の町で笑って日常を送れること」ということ。

 

これは、神戸も東北も被災された方々が同じことを話されます。

時間が経過することによる風化を止めるのは難しいことです
本当に心から明日を心配することなく、笑えるようになる日はまだまだ時間がかかることと思います。

 

でも、そんな被災者の想いを次代に繋ぐための取り組みは出来ると私は感じました。
そんな想いで立ち上げたのが今回立ち上げたプロジェクトです。

 

東北を支援する!というキッカケからではなく、「美味しいものを食べたら支援にも自然と繋がっていた!」
そんなブランドを創出することが目的です。

 

東北で90%を占める主産業、水産加工以外の働きかたを提案します。
内陸での産業と雇用を新規に生み出し、町を活性化することが私の目指す景色です。

 

そこで生活する人が笑って楽しく明日の心配をしないで良い、そんな当たり前に繋がればと切に願っています。

 

どうぞ、皆様の温かいご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。

 

1.17。

この日を忘れません。

亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、この教訓を経験を次代へと語り繋ぎます。

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