一休禅師が晩年過ごした庵を虎丘庵といいます。元は京都の東山の麓にあったものですが応仁の乱がおこり京都市内を逃れこちらへ移ってきた時に一緒に移築をされたものです。ここで禅師は森女という盲目の女性と生活をされるわけですが同時に様々な文化人がこちらの庵を訪ねたと言われています。今日本に伝わる伝統文化というのは室町時代に端を発するものが多いですがこの虎丘庵での交流もその一つであります。一休禅師は幼少期から漢詩の才能にすぐれ様々な芸能事に通じておられました。また自分でも愛用の一節切という尺八で音色を奏で音を楽しんでおられたようです。

 

この虎丘庵は当時の文化サロンの役割をはたしていたようです。お寺に人が集まりまたそれによって切磋琢磨し新しい文化を発信してきたのです。私はこのことこそがお寺の本来の姿なのではと思っています。この虎丘庵の伝統を今に伝えたい。そのような思いで様々なアーティストと積極的にコラボレートしていきたいと考えております。このライトアップはその活動の一つであり記念すべきスタートであります。

 

京都の文化を明日そして未来にに伝えたいのです。

新着情報一覧へ