プロジェクト概要

 

東ティモールの子どもたちを沖縄と熊本に!
アジアの仲間たちへ「平和と愛」を伝える国際交流を継続したい!!

 

ページを御覧頂き、ありがとうございます。沖縄県出身のソプラノ歌手・宮良多鶴子と申します。声楽家として、沖縄と日本各地、海外を結ぶ演奏活動を続けながら、離島やへき地の子ども達へのコンサート、また、教育現場や病院、施設での演奏など、ボランティア活動にも積極的に取り組んでおります。

 

 そのような活動の中、ひとつの歌がきっかけとなり、2008年に東ティモール民主共和国のグスマン首相(当時)のご依頼を受け、外国人として初めて国家行事で歌わせて頂くことになりました。東ティモールでの2週間の滞在中、首都ディリでの式典コンサートに加え、貧しい地方の孤児院、学校、教会でのコンサートを開催しました。

その中で訪れたラガの孤児院。紛争で親を失った120名の子ども達との出会いが、私に東ティモール支援を強く決意させたのです。

 

以後、毎年3~4回、一人で東ティモールに渡航し、孤児院への食糧支援、地方の貧しい学校への学用品の支援を続け、現地の皆さんとしっかりとした信頼関係を築く事が出来ました。2011年からは沖縄・東ティモール児童の交流プログラムを実施し、今年で7年目の交流となります。

 

7回目になる今回は、東ティモールの中学生と先生を招聘し、沖縄と熊本で交流プログラムを実施致します!今までは自己資金や助成金、皆様にご支援頂きながら交流プログラムを行って参りました。若い世代の人材育成のために、この国際交流を継続していくためには、多くの皆様の応援が必要です。日本と東ティモールの若者の人材育成のため、交流プログラムへの皆様のご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

必ず帰ってくるよと約束し、東ティモールの継続支援をはじめました

 

東ティモール民主共和国はインドネシアの東端に位置し、沖縄本島の13倍、岩手県とほぼ同じ大きさの国です。インドネシアとの独立を巡る24年間の戦争を終え2002年に独立を果たした21世紀初の独立国。人口は約120万人、その70%が30歳以下という、若者に国造りの大きな責任と期待がかかっている国。主食はお米。特産品は、最近ようやく輸出できるようになった100%無農薬のコーヒー。国民の99%がカトリック。この東ティモールに私を導いてくれたのは、ひとつの歌「オ・ライ・ティモール」でした。

 

独立後にも大きな混乱のあった東ティモールを救うために、国連は各国にPKO部隊の派遣を求めました。日本からは、陸上自衛隊の隊員約2400名が4次に分かれ2年間、東ティモールの平和を維持するために、現地で人材育成を目的とした丁寧な活動を行っています。

 

私は、2008年11月28日の独立宣言日の国家行事で歌わせて頂いた翌日から、2週間の東ティモール国内コンサート巡りに出発しました。地方で3ヵ所目に訪れた場所は、第2都市バウカウ県のラガという海辺の小さな村の孤児院でした…

 

 

カトリックサレジオ修道会が運営するその孤児院では、2006年の大きな暴動で親を目の前で殺された子ども達やDVに苦しむ子ども達が120名、シスター達によって保護され、シスターの大きな愛情の下、皆で励まし合いながら暮らしていました。
孤児院に保護された時には、心に大きな傷を負い、言葉を話す事すらできず、表情もなく、笑う事すら出来なかった子ども達が、シスターの愛情に育まれ、少しずつ傷ついた心を癒していったのです。

 

コンサートで歌い始めると、子どもたちはたちまちキラキラ笑顔になり、コンサートの最後に「オ・ライ・ティモール」をテトゥン語で歌いましたら、子ども達は飛び上がって喜び、大きな声で一緒に歌ってくれました。

帰り際、子どもたちが「帰らないで!!ここに居て!!」と泣きだしました。私は、「約束は必ず守ります。必ず帰ってくるから待っててね!!」と、子ども達と約束しました。

 

ひとつの歌が導いた、運命の出会いでした…

 

 

 

学校崩壊からわずか10ヶ月で模範的な学校へ!!
東ティモールでの交流で、日本の小学生に劇的な成長が表れた!!

 

沖縄と東ティモールとの交流は、沖縄の小学校で起こった学校崩壊がきっかけでした。先生と保護者、何度話し合いをしても、どんなに手を尽くしても、その学校の状況は変わらず、学級崩壊は下級生にも飛び火し、学校崩壊は免れないという状況になってしまいました。その矢先、学校長から、「多鶴子さんの活動を紹介したコンサートを実施して、この学校に新しい風を吹き込んで欲しい!!」という、悲痛に満ちたご依頼を受けたのです。早速、コンサートをさせて頂き、東ティモールの子ども達の現状を歌と共にお話ししました。

 

貧しくても夢を失わず、笑顔と感謝を忘れず、懸命に生きる子ども達…学べることが、如何に幸せな事か、水道をひねると飲める水が出てくる事がどんなに幸せな事か、当たり前の日々が、実は、とても幸せな事なのだということを話しました。
そして24年間戦ってきたインドネシアを東ティモールは国の方針として、「許しあう心」を掲げ、インドネシアの人々とも仲良くしていることを子ども達に伝えました。

 

 

コンサート後、児童の心に大きな変化が起こりました。自主的に東ティモールについて調べ、学年ごとに「東ティモール新聞」を作り始めたのです!!

 

すぐに学校長に呼ばれました。「子ども達を東ティモールに連れて行きたい!!」

急なお申し出に本当に驚きました。学校長の言葉には覚悟が見えました。
私からは、本気で交流をすること、継続することを条件に挙げ、全面協力をお約束し、児童4名と校長、教務主任と共に東ティモールへ渡航致しました。
 

5日間の東ティモール滞在中、沖縄の児童は外見からも分かるほど、劇的に成長していきました。一日、一日、目に見えて成長し、不平不満など一切言わず、楽しそうに、力いっぱい交流に臨む姿は、まるで、自分たちの力で、東ティモールの子ども達を励まそうとしているかのように思えました。大人の私たちから見ても感動的でした…

 

 

学校での帰国報告会では、素晴らしい発表をしてくれました。

「幸せの基準は物ではなかった。」、「言葉が通じなくても、心が通じたら友達になれた!!」、たくさんの感動体験が語られ、全校児童が4名の東ティモール体験を「疑似体験」という形で、実感を以て共有してくれました。


学校でのコンサートからわずか10ヵ月…

学校崩壊を起こしつつあった小学校は、児童の東ティモールでの交流という、生きた教育で模範的な学校へと変わっていったのです。貧しい中にあっても、決して夢を失わず、家族のために働きながら、懸命に学び、希望をもって、精一杯生きている子ども達。両親を目の前で殺され、想像もつかない程心に傷を負った孤児院の子ども達も、毎日、神様に感謝しながら、笑顔で懸命に生きている。

 

 

沖縄の児童は、その子ども達と一緒に過ごし、優しさと強さに触れ、自分の中から湧き上ってくる大きな愛情で最大の思いやりをもって、交流したのです。

毎日、成長していく沖縄の児童は、成田に帰国する頃には、もはや、ニコラ・ロバート空港に到着した初日の小学6年生ではなく、周りのみんなに思いやりの心を注ぎ、自分たちの将来を東ティモールの子ども達のために捧げようと考える程、大人になっていたのです。

 

児童の一人は、「東ティモールの病気の子ども達を治すために医者になる!!」と宣言し、進学校に進みました。

 

この素晴らしい体験を1校だけに独り占めせずに、沖縄県の多くの学校に経験して欲しいとの学校長のご提案で、翌年から沖縄県各地で東ティモール児童交流プログラムが実施されるようになりました。

 

 

 

毎晩、日本の被災地の人々のために祈りを捧げている子ども達…

 

2011年5月に東ティモールを訪れた時、いつものようにラガの孤児院を訪問し、コンサートをして宿泊させて頂きました。夜になると子ども達は中庭に集まり、1時間ちかくお祈りを捧げています。その姿を見た私は、シスターに尋ねました。「この子達は、誰のためにお祈りを捧げているのですか?」、シスターは静かに答えました。「あなたの国の地震と津波で被害をうけた皆さんのために、子ども達は毎晩祈りを捧げているのですよ…」

 

一日一食、食べられるかどうかの日々…お金もなく、内紛で親も失い、明日の糧も分からない中であっても、子ども達は、苦しみ中にいる人々のために、一生懸命祈りを捧げているのです。そして昨年、東ティモールの各地を訪れましたら、子ども達、シスター達が、今度は熊本の皆様のために祈りを捧げていました…

 

戦後復興が進みつつあるものの、地方の状況はほとんど変わらず、国民のほとんどが1日1ドル以下で生活し、食べる物も十分にありません。そのような状況の子ども達が、東日本大震災の時と同じように、苦しみ、悲しみの中にいる熊本の皆様のために、毎晩、祈りを捧げ続けている事を、今年の2月にコンサートをさせて頂いた阿蘇郡西原村のみなさんにもお伝えしました。会場の皆様からは、東ティモールへの感謝の言葉と共に、「西原村でも、東ティモールとの交流がしたい!」という、嬉しいお声があがりました。

 

今年は皆様から頂いたご支援で、東ティモールから生徒と教諭を日本に招聘し、毎年交流が行われている沖縄に加え、熊本でも交流を実施したいと思っています。

 

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今年からは、「皆さんと一緒に」継続的な支援を続けて行きたい!

 

東ティモール児童の日本での交流は、毎日が感動に満ち溢れていました。日本の子ども達は、最大の思いやりをもって、東ティモールの子ども達を理解しようと努力します。一年目の交流は手探り状態。しかし、二年目からは、児童が積極的に交流に参加し、自ら交流プログラムを作り、地域の文化を英語で紹介し、沖縄の伝統芸能の獅子舞やエイサーの演舞を披露、交流メンバーを迎えてくれました。

 

交流を重ねる事で、毎年、双方の子ども達に、大きな成長が表れ、更に深い成長へと繋がっています。東ティモールの子ども達は、「国の代表」という責任を自らに課し、その学ぶ姿勢は、 「この経験を東ティモールの国造りに活かしたい!!」という気迫に満ち溢れています。どの授業にも積極的に参加し、すべてを吸収しようと必死です。

 

家庭科やお掃除の時間には、お料理やお掃除する東ティモール児童の姿に、子どもですら家庭を支えて行かなければならない程、貧しい生活をであることを、日本の子ども達は痛い程実感します。

 


国際交流は継続することで人を育て、様々な意味と成果が生まれてきます。交流を通して国際相互理解の芽が育まれ、交流を継続していくことで、両国間の信頼と友好の固い絆が生まれます。日本への固い信頼関係を築けた地域では、国際支援活動を行っていくための基盤が築かれ、国際支援活動への貢献へと繋がります。

 

歌を生業としている私は、「歌で世界中の人たちの心を繋ぐ懸け橋になりたい」と思い、東ティモールでも歌い続けております。1人で始めた小さなサポートは、東ティモールを想う多くの皆様の共感を得て、支援の輪が広がり、信頼の絆が結ばれ、若者の交流へと発展していきました。

 

2011年から6年に渡り行ってきたこの交流活動は、日本と東ティモール両国の若者の人材育成を目的としています。これまで、コンサートなどで得た自己資金に加え、国際交流へ助成を行っている財団への申請、企業の皆様への支援のお願い、一年を通して毎日必死で資金を集め、この6年間、交流を続けて参りました。

 

 

人材育成のため長期的に交流を継続するには、私一人では、どうしても限りがあります。多くの皆様のご協力が必要です。この交流の目的と成果を知って頂き、ご理解頂いた上で、ご支援頂き、皆様と一緒に国際交流で若者が育って行く感動を共有していきたいのです。皆様と共に、地球の未来を担う若者を育てていきたいのです。

 

昨年から、経由地のインドネシアでも交流をスタート致しました。日本を介して、24年間戦い続けてきた東ティモールとインドネシアの若者の友好の絆を築き、友好の懸け橋を架けていきたいと思っています。

 

皆様と共に東ティモールの子ども達の笑顔が続く活動、そして、アジアの仲間たちへ「平和と愛」を伝えていく活動を続けて行けたらこの上なく幸せです。若者を育てる交流プログラムへ、皆様の温かいご支援、ご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

 

ホテルの一室で東ティモールのダンスを見せてくれました

 

プロジェクトの詳細

 

・開催日  2017年11月16日(木)〜2017年12月1日(金)16日間
※子どもたちの体調や天候などにより多少前後する場合がございます

・交流学校  

・昭和薬科大学附属高等学校・中学校

・西原村
・南阿蘇中(社会科、美術見学)
・ルーテル学院中学校

 

 


支援金の使途内訳


交通費 10人分 1,620,000円

(東ティモール⇒那覇⇒熊本)

宿泊費 762,000円

移動車輌費 720,000円

(東ティモール、デンパサール、那覇、熊本、ミニバス貸切、前調整含む) 

食費 350,000円

(東ティモール・那覇・熊本での交流時。スタッフ、交流メンバー家族含む)

経費 150,000円

(渡航書類準備費、ビザ取得費、空港使用料等)

通訳費 280,000円

(通訳者の航空券代含む)

保険料 160,000円

雑費 150,000円

 

必要金額合計: 4,192,000 円うち200万円をクラウドファンディングで募集します。

 


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