10月25日(水)、東京アメリカンクラブにてメイク・ア・ウィッシュ25周年チャリティパーティが開催されました。260名を越えるゲストを迎え、メイク・ア・ウィッシュを応援してくださる皆様とともに、心温まる良いお時間を過ごさせていただきました。

 

パーティの最後を飾ったのは、ウィッシュチャイルド代表の林祐樹さんのスピーチ。

自身の闘病を振り返りながら、夢がかなったときの喜びやメイク・ア・ウィッシュに対する熱い想いを語ってくれました。

 

左肩にがんが発見されたのは14歳、中学3年生のとき。その際、担当医の先生は「絶対に治る。治療はしんどいけど、必ず治る」と断言してくれたこともあって、祐樹さんに大きな病気だという認識はありませんでした。

けれども、抗ガン剤による治療は、それはそれはたいへんなものでした。

祐樹さんは「絶対治る」と自分自身に言い聞かせ、辛い治療を頑張りぬきました。

しかし、その年のクリスマスの日。退院後はじめての全身検査で、がんの転移が見つかりました。

「この1年、あれだけしんどかったのはなんやったんか? 1年間治療してきたことは、全部無駄になったってことか?」 

駆けめぐる混乱と、やり場のない怒り。そして、経験したことのない不安でいっぱいになりました。

治療をしても、その1年後にはまた同じことが起こるのではないか。どんなにがんばっても、また違う場所に転移を繰り返すのではないか。

祐樹さんは抱えきれない恐怖にのみ込まれ、ただひとり、泣き続けました。

 

そんなとき、同じ病室の子が、メイク・ア・ウィッシュで夢をかなえた話を教えてくれました。

自分も申し込んでみようかな。かなえてもらうとしたら……アメリカで野球観戦をしてみたい!

 

そして翌年の7月、祐樹さんの夢がかないました。

憧れのスタジアム。「目の前に広がる光景は、今も鮮明に思い出すことができます。」

でも、この夢の実現では、もうひとつ、祐樹さんの心に残っていることがあると言います。

それは祐樹さんの担当ボランティアさんの言葉です。

「この夢は、祐樹くんがかなえたんだよ。祐樹くんがメイク・ア・ウィッシュに申し込んで、祐樹くんが自分で言葉にして伝えてくれたからかなえることができたんだよ。」

「自分が想いを発信したから、メイク・ア・ウィッシュの人たちが動いてくれた。」それからの祐樹さんは、「まずはなんでも、自分からあきらめずにやってみよう。」と、思うようになりました。

 

誰かの役に立つ仕事がしたい。

最初に骨肉腫だとわかったときも、転移がわかったときも、いつも祐樹さんの治療に切っても切り離せないものだったのが、レントゲンやCT、MRIなどの放射線による画像診断でした。

「ぼくは、放射線技師になりたい。一人でも多くの患者さんの手助けがしたい。」

そして、祐樹さんはその夢をかなえ、今、診療放射線技師として働いています。

 

「夢の実現は僕の人生を変えた」と胸を張る祐樹さん。

そして、「今、僕には夢があります。それは、僕を担当してくれたボランティアさんと一緒に、子どもたちの夢をかなえることです。」という祐樹さんに、会場中から大きな拍手が送られました。


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