7月15日(月)「にわとりを捌き命をいただく」ワークショップを無事に開催することが出来ました。

 

 

はじめに

みらいのこども舎運営部の高野香澄です。このワークショップを企画した理由は、みらいのこども舎では、身の回りにあるものを活かし、自分たちで生きて行く力を養うため、野菜づくりや木の実などを食べてみることなどを始めていますが、ある時、なぜそれをするのか?という疑問が生まれて来ました。

 

そんな中、今回講師を務めて頂いた舟木さんとの出会いがあり、普段お肉を食べることはあっても、それがどのように育てられ、絞められ、こうして自分の元に届けられたのかを知らず、「命を頂く」ということを言葉でしか理解していなかったことに気付かされました。


舟木さんは、ご自身が青年海外協力隊で赴任したアフリカのモザンビークでは、鳥を自分で捌くということがごく身近にある暮らしの中で、日本での暮らしとの違いを実感したそうです。また、会のはじめには、一般的なスーパーで売られている鶏肉について、また鶏の絞め方や捌き方などの話をして頂きました。

 

参加者の皆さんも、こどもと一緒に参加するということで、ショックが大き過ぎるのではないか?まだ早いのでは無いか?といった、不安や葛藤もある中、「食べ物に感謝するということを、自分たちのこれまでの経験では十分に伝えきれていないと感じた」という方や、「食事中に手羽先って鶏の体のどこにあるの?」ということを聞かれたという方など、それぞれ、目的意識を持って参加して頂くことが出来ました。

 

今回の鳥は、三原市で安心安全無農薬のお野菜、お米、たまごを作られている坂本農場さんよりいただいてきました。

 

実際のWSのレポートは、当日スタッフとして参加した上土井和歌子さん(わかば組担当リーダー)よりお届けします。

 

ワークショップの模様

事前の説明が終わり、いよいよ開始となる時、おもむろに数人の子供達が代わる代わるに鶏を抱っこしていきました。まるで、別れを惜しんでいる様な光景が印象に残りました。

 

 

鶏の締め方、捌き方には幾つかのやり方があるそうなのですが、今回は舟木さんがモザンビークでされていた方法で行いました。まず、鶏の頭を棒で叩いて気絶させ、ナイフで頸動脈を切って血抜きを行います。そして、最後に80℃くらいのお湯につけ、羽を抜いていきます。当初、子供たちがどんな反応をするかわからなかったため、不安もあったのですが、予想よりも遥かに自然に受け入れてくれて、羽抜きなども手伝ってくれました。

 

羽は思ったよりも力を入れなくても抜くことが出来、だんだんと鳥の肌が見えて来ます。ここまで来ると、意識が生き物から食べ物に変わっていく瞬間だったという声も聞こえました。

 

きれいに羽を抜いた後はお腹を開き、それぞれの部位を丁寧に優しく切り分けて行きました。

 

 

 

続いて、捌いたお肉を調理していきます。メニューは焼き鳥、親子丼、鶏がらスープと骨まで余すことなく頂きます。しっかりとした出汁が出るので、具材はシンプルに、味付けも塩のみでもコクがありとても美味しく頂くことができました。捌きたてのお肉は弾力があり、こどもたちは普段食べているお肉よりしっかり噛んで食べているようでした。

 

たった1羽の鶏でしたが、大人9名こども15名が充分お腹いっぱい食べられる量で、命を頂くことの有り難さや普段何気なく使っている「いただきます」の意味などを感じることのできる学びの深い時間になりました。

 

text by.わかばぐみリーダー 上土井和歌子 

 

参加者の感想

・鶏はどうやってお肉になるのかということにこどもが興味があったので参加したが、生き物が好きな故に鶏が死んでしまったことが可愛そうで泣いている一方で、どんなふうに捌かれるのかを観察もしていた。普段経験できないことができてよかった

 

・命。きっと、生き物だけに限らず、野菜や果物、お米にだって等しく命が宿っている。そのことをもっと意識して普段の食事を大切にしていきたい。

 

・羽を抜いて鶏の肌が見えだした頃に自分のお腹が鳴った。可哀想と思う反面、人間の身体の本能の部分では、生き物を食べるという感覚が備わっていることを強く感じた。

 

・こどもは大人の心配をよそに、より自然に近い存在だからなのだろうか、目の前の出来事をすんなりと受け入れているように感じた。

 

・絞めたり捌いたりするのは見れないかもしれないと思っていたが、せっかくの機会なので、ちゃんと見届けようと思い、最初から最後まで見ることが出来た。それは鶏に余計な負荷が掛かることなく絞められていたのと、自分の持つ野生の本能?がそうさせたのかもしれないと感じた。

 

講師のサブちゃんより

人は1人では生きていけないということ。命を頂いて生きていくためには時間が掛かること。そんなことを改めて思いました。単発のイベントではなく、「明日,みんなで鶏を捌いてお肉を分け合おうや~」「畑の草取りするけ,手伝ってや~」「野菜の収穫みんなでしましょ~」と、それが日常の風景になっていけば… 。例えば、「食べる」ことを通して沢山の人が支え合い、繋がり合えたら…。と色々なことを思い、参加者の皆さんから、沢山学ばせて頂いた1日でした。ありがとうございました。

 

最後に

このワークショップを開催するにあたり、「命を頂く」ということについての考えを深めるため、向島の歌地区にある西金寺の菅住職にお話を伺いました。「食物連鎖の中で、人間は他の生き物の命を貰うだけであり、人間だけが命の貰い方を問われている。」「現代の食育では、何を食べるか、どう食べるかという事がメインであるが、食べたものを栄養として、自分の命をどう使うか(生きるか)」が大事だという言葉が特に印象に残っています。

 

「食」「命」と言う難しいテーマではありましたが、講師や参加者の皆さんとみんなで考え、学び合うことができました。ありがとうございました。そして、何より、大切な鳥を分けてくださった坂本農場さん、鳥さんに感謝です。

 

 

 

 

 

 

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